甘辛い寿司あげが美味!豊橋駅の「いなり寿司」


愛知県は豊川稲荷の玄関口・豊橋駅。ここで駅弁屋を営んでいる壺屋弁当部では、明治時代末期より売られ続けている人気駅弁があります。
その名も「いなり寿司」550円です。

もともとは旅館だった壺屋弁当部。旧東海道船待ちの豊橋付近で、豊川を上下する船頭旅行相手に回槽問屋と料理旅館を経営。後に国鉄東海道本線の開業に伴い、豊橋駅前に旅館を開業しました。そして、明治時代後期からお弁当を発売するようになり、「いなり寿司」の販売もあわせて始まりました。

いなり寿司は、油揚げの味付けが命のシンプルなお弁当。油揚げもお米も、素材にこだわり抜いており、適したもののみを使用しています。
まず油揚げを半分にカットし、グラグラと煮えたぎった熱湯に通して油抜き。それと同時に、開業当時から継ぎ足して使っている醤油と白ザラメベースのタレに漬けて40~45分間煮込んで、味を浸み込ませます。

煮込んだ後は少し冷まし、1枚1枚油揚げをはがします。そして酢飯を、ひとつひとつ手作業で詰めていき、形を整えて完成です。

他店に比べると甘さが濃いのが特徴
この壺屋弁当部の「いなり寿司」は、醤油と白ザラメベースの秘伝のタレで煮込まれているため、他の駅の「いなり寿司」と食べ比べてみると、甘さがひと際強いのが目立っています。

現在では、「東の伊東駅、西の豊橋駅」と呼ばれるくらい人気がある「いなり寿司」となっています。豊川稲荷とお狐様をデザインした掛け紙は、今も昔も変わらないデザインです。

幕の内弁当「吉田伝説」(930円)

壺屋弁当部では、様々な種類のお弁当を出しています。平成初期に「新幹線グルメ駅弁」として誕生した「手筒花火」弁当、飯田線の秘境駅にちなんだ「秘境駅弁当」など。

中でも人気なのが、豊橋駅の昔の名前「吉田」を冠した幕の内弁当「吉田伝説」。ご飯はじゃこご飯、いなり寿司、のり巻と3種類あり、おかずも海老天ぷら、うずらの卵煮つけ、青じそ揚げなど地の味にこだわったお弁当。見ているだけで楽しい駅弁ですね!

日本最古のケーブルカーは、イヌにネコのカラフルな車両!(奈良県生駒市)


近鉄奈良線を生駒駅で下車し、少し歩いたところに近鉄生駒ケーブルの「鳥居前」駅があります。

近鉄生駒ケーブルは鳥居前駅~宝山寺駅間の「宝山寺線」、宝山寺駅~生駒山上駅間の「山上線」の2区間から形成されています。「宝山寺線」は日本最初の営業用ケーブルカーで「生駒聖天」と呼ばれている宝山寺への足であり、「山上線」は生駒山上にある遊園地「生駒山上遊園地」への足となっています。

開業したのは1918年(大正7年)8月、大阪電気軌道(現在の近鉄の前身)の関連会社である「生駒鋼索鉄道」の手によって開通した、日本では最古のケーブルカーです。後に生駒鋼索鉄道は大阪電気軌道に合併され、同社の生駒鋼索線となりました。

大阪電気軌道は開業直後の資金難の時に、経費や社員の給料として宝山寺から賽銭を融通してもらったこともあり、ケーブルカーの敷設はその見返りである、とも言われています。

1929年(昭和4年)3月、山上に出来た遊園地へのアクセス手段として「山上線」も開通しました。戦争中は「不要不急路線」として休止されますが、1945年(昭和20年)8月に再開されました。

インパクト大のケーブルカー「ブル」「ミケ」
現在の「宝山寺線(1号線)」を走る2台のケーブルカーには、それぞれ車掌の帽子をかぶった犬(ブルドッグ)を模した「ブル」、双眼鏡で景色を覗いた三毛猫を模した「ミケ」という名があります。ちなみにこの車両は2000年(平成12年)から運行を開始しました。

宝山寺駅での「ミケ」です。車内では「ネコふんじゃった」の音楽が流れ、途中で「ブル」とすれ違う時は「ニャ~ン」と鳴き声を発する楽しいケーブルカーです。(通勤通学時間帯の輸送では、音の演出はありません)

上から見た「ミケ」の車内です。クロスシートが、山麓方向に一方向でずらりと並んでいました。普通の観光用ケーブルカーは、座席がボックス席仕様になているなど観光客輸送を意識した感じで造られていますが、この近鉄生駒ケーブル「宝山寺線」では、通勤通学輸送としても使用されるので、座席も1人掛けを増やして立席で多くの人が乗車できるようになっています。

中間ですれ違った「ブル」です。こちらは車内では「ピクニック」の音楽が流れ、すれ違いの時には「ワン」と鳴き声を発する楽しいケーブルカーです。(通勤通学時間帯の輸送では、音の演出はありません)

「日本では最古!」宝山寺2号線のケーブルカー
「宝山寺線」には2号線もあり、こちらには1953年(昭和28年)製造の「すずらん」(朱色と白)、「白樺」(青と白)の2両が在籍しています。

鳥居前駅での「すずらん」号です。レトロな造りで、自分好みでした。この2号線は、現在では大晦日の終夜運転や、夏休みなどの繁忙期にのみ運行しているそうです。

宝山寺駅での「白樺」号です。この車両だけ漢字表記になっていますが、その理由には思わず笑ってしまいました!

それは、昔風に右から読むと「ばからし」と読まれてしまうから、という理由だそうです。何とも関西らしい理由ですね!この2両が、日本国内では現役で稼働する最古のケーブルカーなのです。

通勤通学にも使用されているケーブルカー
山上遊園地への観光輸送がメインの山上線に対して、鳥居前~宝山寺間の宝山寺線は、沿線の通勤・通学輸送も担っているのが特徴です。運行時間帯は6時台前半から23時台後半までと長いのが特徴。大晦日には宝山寺への初詣客を対象とした終夜運転も行われるそうです。

こちらが「宝山寺線」の線路です。左側が1号線、右側が2号線です。生活路線としても活躍していることもあり、ケーブルカーとしては珍しい踏切が3ヶ所あり、うち1ヶ所は車なども通れるほどの大規模な踏切があります。

宝山寺駅に到着です。隣の2号線には「白樺」号が留置されていました。ここから「生駒聖天」の別名がある宝山寺までは、旅館街の中にある坂道を歩いて20分ほどで着きます。

「日本最古のケーブルカー」と謳っているだけあって、宝山寺駅にはケーブルカーの仕組みについての展示がありました。

まずは「ケーブルカーのしくみ」から。山上駅と山麓駅を同時発車して、中間点ですれ違うのが一般的なケーブルカーですが、その構造について図で詳しく説明してありました。これは、小学生のお子さんの自由研究の課題になりそうですね!

 

ケーブルカーの車輪が展示してありました。ケーブルの上下で動かす、という事は知っていましたが、この様な車輪で走っていたとは初耳で勉強になりました。

観光輸送の「山上線」

「山上線」では、「ドレミ」号と「スイート」号という2台のカラフルなケーブルカーが活躍しています。車両が行き違う際、拍手と歓声が鳴り、ファンファーレが鳴る楽しいケーブルカーです。観光路線にはピッタリですね!

「山上線」には、途中に梅屋敷駅、霞ヶ丘駅の2ヶ所の途中駅がありますが、便によっては途中駅を通過する「直行」という種別も存在するそうです。

この「山上線」の終点にある山上遊園地には、日本最古の飛行塔があるそうです。そちらもいつか行ってみたいと思います。大阪からの「小さな旅」に、日本最古のケーブルカーの旅はいかがでしょうか?

新しい東武特急「リバティ」に乗ってきました!


デビューしてちょっと間が開いてしまいましたが、東武鉄道の新型特急500系「リバティ」に乗ってきました!

旅立ちは春日部駅から
この時は、東武動物公園駅近くで用があったので、春日部駅から「リバティ」に乗ることにしました。

まずは春日部駅での「スペーシアきぬ」号です。日光・鬼怒川特急は、かつては浅草駅を出ますと、下今市駅までノンストップだったのですが、今では業平橋「とうきょうスカイツリー」という名前は似合いません!)、北千住、春日部、栃木、新鹿沼、下今市、東武日光、新高徳、鬼怒川温泉とこまめに停車します。

やがて、待ちかねた500系「リバティけごん40号」が到着しました。

春日部駅での「リバティけごん40号」方向表示です。

欲しい車内販売と自動販売機

今回乗車した「リバティけごん40号」は臨時特急ということもあって乗車率は低く、春日部駅で多くの乗客が降りていました。
また、ビジネス需要がメインだからでしょうか、トイレ設備はありますが、車内販売の乗務は一部列車のみで、自動販売機すらありません。やはりビジネスライクになっている他の私鉄特急を見てみますと、西武鉄道10000系「ニューレッドアロー」、京成電鉄新AE形「スカイライナー」、小田急ロマンスカー60000形「MSE」車がありますが、いずれもリクライニングシートに、ジュース類の自動販売機があります。東武も乗車時間が長い有料特急なのですから、せめてジュース類の自動販売機は設置してもらいたかったものです。ちなみに私鉄特急でジュース類の自動販売機を一番最初に設けたのは、何と東武鉄道の1800系急行「りょうもう」号なのです。

ゆったりとした座席は最高でした!
この500系「リバティ」の座席は、従来の100系「スペーシア」や200系「りょうもう」と比べるとゆったりしている、と聞いていたので、どんな座席か楽しみにしていました!

通常状態の500系「リバティ」の座席です。従来のリクライニングシートよりもフカフカで、ゆったりとした座り心地でした。また現代のニーズに合わせ、各座席にスマホの充電が出来るコンセントが設置されています。車内には、外国人観光客を意識したフリーのWi-fiまで設置されていました。

リクライニング状態の座席です。リクライニングの角度も深く、JRの特急グリーン車並みでした。東武鉄道の特急電車では、1956年(昭和31年)にデビューした1700系「白帯車」で既にリクライニングシートを採用し、その後の1720系「DRC(デラックス・ロマンスカー)」でも、当時の国鉄特急も顔負けの豪華なリクライニングシートを採用していた程、豪華さにこだわりがありました。

向かい合わせにした状態です。グループの旅には楽しそうですね!かつては、6050系を使用した快速電車が浅草駅から日光、鬼怒川、会津方面へ直通していましたが現在は廃止され、南栗橋での乗り換えを余儀なくされています。グループ単位で東京から日光、鬼怒川、会津方面へ旅するときは、やはりボックスシートが一番ですよね!

浅草駅でスペシャルゲストが!
北千住駅で更に多くの乗客が降りてしまい、車内は私だけの貸切状態に!車内から東京スカイツリーが撮影できるかな、とひそかに期待していましたが、難しかったです。そして隅田川を渡ると、終着駅・浅草駅に到着します。

 

500系「リバティ」のロゴです。近未来型の特急電車、という感じがしますね!ちなみにこの500系「リバティ」は、3両で1ユニットとなっており、日光・鬼怒川連結特急、日光・会津連結特急、日光線・野田線連結特急としても活躍しています。

東武特急の連結運転は、戦後すぐの5310系や5700系の時代に行われており、東武日光・鬼怒川温泉ゆき連結特急には「さち(中禅寺湖の別名・幸ノ湖から命名)の名称が与えられていました。その後スピードアップのため、特急列車の連結運転は廃止され、快速電車のみ日光・鬼怒川方面の連結運転が行われていました。

すると隣のホームにはスペシャルゲストが!

そこには「普悠瑪(プユマ)」号塗装の特急「りょうもう」がいたのです。「普悠瑪(プユマ)」号とは、台湾を走っている特急列車の名称で、2015年(平成27年)に東武鉄道が台湾鉄路管理局と友好鉄道協定を結んだご縁で、この塗装が登場したのです。

東武鉄道のロゴも、台湾風に書かれていました。雰囲気ありますね!

 

やがて発車のベルが鳴り、「普悠瑪(プユマ)」号塗装の特急「りょうもう」号は赤城へ向けて出発していきました。これは今回の乗車記の中で、最大のスペシャルゲストでした!

この500系「リバティ」、是非東上線にも登場してもらいたいものです。そして、池袋発三峰口ゆき直通特急「みつみね」号や、上長瀞行き直通特急「ながとろ」号復活、なんて言ったら楽しいですよね!それとも栄光の「フライング東上」号の方がお似合いでしょうか?