【鉄道速報!】阪神電車から「青胴車」も2023年までに引退へ!

皆様こんばんは、「てつきち」です。いかがお過ごしでしょうか?毎週月曜日と木曜日は「てつきちの日」。今日も乗り物の話題をお届けしたいと思います。

さて、大阪の阪神電車から驚きの話題が飛び込んできました!

それは先日お話した、武庫川線の「赤胴車」7961形に続いて、本線系統の普通車に使用されている5001形(二代目)が、老朽化とバリアフリーの問題から、2023年を目途に全車引退するというものです。

この5001形(二代目)は、普通電車用に急加速・急減速が出来るような機能を備え、別名「ジェットカー」と呼ばれていました。1977年(昭和52年)に、普通電車の冷房化をも目指して登場し、初代5001形を引退させました。

側面の阪神のマークも輝いていますね!

しかし、老朽化とバリアフリー化が進む中で、世代交代の波が阪神電車にも押し寄せてきました。武庫川支線の「赤胴車」7961形に続いて、この青とクリームの塗装が目印の「青胴車」も、間もなく引退。今では各駅停車でしか見なくなっただけに、引退の日まで是非、撮影や乗車しておきたいものです。

尼崎駅から歩いて5分のところの「ヒノデあめ」さんです。手作りの飴が美味しく、芸能界の中でも愛用する方が多いと聞いております。

【鉄道スケッチ】頑張れ、長野電鉄の「マッコウクジラ」!

皆様、おはようございます。「てつきち」です。毎週月曜日と木曜日は「てつきちの日」。いかがお過ごしでしょうか?

今日も前回同様、長野電鉄から話題をお届けします。今回ご紹介しますのが、長野電鉄3500系(2両編成)、3600系(3両編成)です。こちらは元営団地下鉄日比谷線で活躍していた車両で、今でも通勤通学輸送の第一線で活躍しています。

1981年(昭和56年)に長野市内の地下線(長野~市役所前間)が開業した時、従来から走っていた旧型電車を屋代線へ回して、元・東急の「アカガエル」5000系を2500系にして、通勤用の主力で活躍させました。

その後、2500系電車が老朽化などで引退して入線したのが、元・営団地下鉄日比谷線の3500系(2両編成)、3600系(3両編成)です。

この後に長野電鉄入りした、元東急の8500系はブレーキの関係で信州中野〜湯田中間を走れないため、全線に渡り活躍しています。

須坂駅に留置してある編成です。長野電鉄に入線した編成には、窓下に、赤帯が巻かれていますがら、こちらは元の姿に戻されていました。

さて長らく活躍してきた、この長野電鉄3500系も同じ東京メトロ日比谷線から後継車として03系が入線してきました。本来でしたら、間もなく交代の儀式となりますが、コロナの影響で2022年を目処に3500系、通称「マッコウクジラ」は引退だそうです。

ちなみに一足先に現役を引退した第1編成は東京メトロへの里帰りを果たし、現在では日比谷線時代の姿に復元されて綾瀬の車両基地で保管されています。こちらはイベントの時などに公開されており、懐かしい行先の方向幕も出ます。

コロナ収束後には、是非長野への撮影はいかがでしょうか?

※この情報は、緊急事態宣言以前に歩いて調べたものです。そのため、現在では緊急事態宣言を受けて営業休止や閉鎖になっている場合もありますので、宣言解除後のご来訪の折は最新の情報を確認されます様、よろしくお願いいたします。

【首都圏特急のOBに再会!】長野電鉄の電車が、今面白い!

皆様こんばんは、「てつきち」です!いかがお過ごしでしょうか?ペースが乗ってきましたので、このページも毎週月曜日と木曜日に定期更新していこうと思います。

今日の1枚は長野電鉄(長野~湯田中間)から。ここ長野電鉄で活躍している1000系「ゆけむり」。こちらは見てみると、元・小田急ロマンスカーの10000形「HiSE」車です。長野電鉄では11両編成を4両に短縮し、窓周りのワインレッドを赤い「りんごレッド」塗り替えて活躍しています。

小田急時代は全車指定席でしたが、長野電鉄では特急料金さえ払えば自由席。そのため、展望席の所には早くから行列が出来ています。また季節運転のイベント列車「ワイン列車」などにも使用されています。

現在では車内放送が自動化されているので聞けなくなりましたが、かつては車掌さんによるその駅ならではの到着案内放送が流れていました。例えば須坂駅なら、
「次は『蔵の町』須坂でございます。本日のご乗車、誠にありがとうございました。」

小布施駅なら、
「次は『栗と北斎の町』小布施でございます。本日のご乗車、誠にありがとうございました。」

信州中野駅なら、
「次は『土人形の町』信州中野でございます。本日のご乗車、誠にありがとうございました。」と駅ごとに特徴あるアナウンスでした。

この面構えは、かつてJR東日本で「成田エクスプレス」として活躍していた253系ですね。引退後はこの様に2編成が長野電鉄へ移籍して2100系となり、地獄谷の猿から「スノーモンキー」の愛称もつけられました。

こちらも特急なので、乗車の際には特急券が必要です。また湯田中寄り先頭車にある、かつてのグリーン個室は「スパサルーン」として、別途個室料金がかかり、事前予約はできず車内で先着順に購入だそうです。

小布施駅に保存されている、大先輩2000系「りんご特急」と並んだところを撮影してみました。

それではここで、2000系特急電車についても簡単に触れておきましょう。この2000系特急電車は、志賀高原への観光輸送を視野に入れて1957年(昭和32年)から1964年(昭和39年)にかけてA編成からD編成まで3両固定編成4本が日本車輌で製造されました。車内にはゆったりとした回転式クロスシート(戸袋窓部はロングシート)が採用され、C編成には当時としては珍しかった車内ラジオや、音楽を流すためのテープレコーダーも装備されていたデラックス特急電車でした。

また長野電鉄では、その年に入社した女子社員から背の高い数名を選抜して「特急ガール」という名前でキャビンアテンダントとして乗務させ、車内改札(当時は座席指定制度が取られていました)や観光案内などの業務も行っていました。

最初は阪急電車の様なマルーンに白帯でしたが、1964年(昭和39年)に登場したD編成は、マルーンとクリームの金太郎塗りになり、その風体から「栗まんじゅう」のあだ名が付きました。

長年、志賀高原や木島平への特急電車として活躍してきた2000系特急電車も、後継車である1000系「ゆけむり」が小田急電鉄より入線すると、段々と一線を退くようになりました。そして2011年(平成23年)にJR東日本で「成田エクスプレス」として活躍していた253系が2100系「スノーモンキー」として運用を開始すると引退し、2012年(平成24年)にイベント用として最後まで残っていたD編成が引退すると、長野電鉄からは姿を消したのでした。

そしてD編成のみが現在でも、小布施駅構内に屋根付きで保存されており、日中は車内を見学することも出来ます。また登場時の「マルーン塗装」に復元されたA編成は、屋代線(2012年3月31日全線廃止)の信濃川田駅構内に、保存を前提として留置されていましたが、やがて荒れ果ててしまい、惜しくも先日解体されてしまいました。

そして、長野電鉄の特急を語る上でもう一つ忘れてはいけない列車があります!

それは上野発湯田中行きの急行「志賀」号です!長野行の急行「信州」号に連結されて上野駅を出発。最初はキハ57形気動車で運転されていましたが、後に電化されて169系電車で信濃路を走りだしました。碓氷峠を越えて、屋代で「信州」号と切り離されて長野電鉄屋代線へ。

長野電鉄内では「特急」扱いとなり、松代・須坂・小布施・信州中野に停車して湯田中まで走りました。この急行「志賀」号は、1982年(昭和57年)のダイヤ改正で廃止されました。

現在、上信越自動車道の横川サービスエリア上り線には「峠の釜めし」でお馴染みのおぎのやが出店し、イートインコーナーにはかつてのキハ58形気動車のカットモデルがあります。サボが急行「志賀」になっているのが嬉しいですね!

コロナが収束したら、是非小布施や志賀高原の旅に長野電鉄の特急電車はいかがでしょうか?都会で逢えた懐かしい電車達に再会できますよ!

※この情報は、緊急事態宣言以前に歩いて調べたものです。そのため、現在では緊急事態宣言を受けて営業休止や閉鎖になっている場合もありますので、宣言解除後のご来訪の折は最新の情報を確認されます様、よろしくお願いいたします。

【鉄道スケッチ】さようなら阪神の「赤胴車」

日付が変わりました。皆様、いかがお過ごしでしょうか?今日の話題は、関西からです。

阪神電車の武庫川駅。この駅は武庫川の流れの上にホームがあり、本線の駅舎は兵庫県尼崎市、武庫川支線の駅舎は兵庫県西宮市にあるという面白い構造となっています。

その武庫川支線では、既に本線運用を引退した「赤胴車」7961形が活躍しています。赤とクリームの塗り分けで、当時の人気漫画「赤胴鈴之助」に因んで「赤胴車」のニックネームがありました。

その後、本線の優等列車(特急・急行用)はオレンジとパールホワイトの塗装となり、「野球の巨人を連想するからやめてくれ」と話題になっています。私も阪神ファンの一人として、本線系統の優等列車は「赤胴車」に戻してほしい!という思いです。

この様に長年活躍してきた「赤胴車」7961形も、寄る年波には勝てずに、この度引退。今月からは阪神タイガースと甲子園球場をテーマにした5500系電車が走りだします。これは沿線にタイガース二軍の本拠地である「鳴尾浜球場」があることに因んで採用された塗装だそうです。

引退した「赤胴車」7961形の内、1両は武庫川団地前駅の所に新設される公園で静態保存され、地元の憩いの場になるそうです。

また普通車用の「青胴車」5000系も、年内いっぱいでの引退が決まっているそうです。こちらについても後日、お届けしたいと思います。

※この情報は、緊急事態宣言以前に歩いて調べたものです。そのため、現在では緊急事態宣言を受けて営業休止や閉鎖になっている場合もありますので、宣言解除後のご来訪の折は最新の情報を確認されます様、よろしくお願いいたします。

【頑張れ銚電!】銚子電鉄途中下車の旅~終着駅・外川駅の巻

皆様、おはようございます。「てつきち」です。先日お伝えしました様に、現在、千葉県の銚子電気鉄道がピンチになっています!

そこでこのページでも「頑張れ銚子電鉄!」ということで、銚子電鉄各駅の沿線情報をお送りしていきたいと思います。コロナ収束後には、このページを参考にして是非銚子電鉄の旅を楽しんでいただけたら、という思いで書かせていただきます。

今回は終着駅・外川駅をご紹介したいと思います。

2015年(平成27年)に撮影した、外川駅の様子です。右のオレンジ色の電車は、元・営団地下鉄銀座線のデハ1001号車、左にいるのが既に引退したデハ801号車です。

2002年(平成14年)に撮影した、デハ301号車です。自宅のPCのハードディスクの中から見つけ出しました。この電車は鶴見臨港鉄道(現在のJR鶴見線)の電車で、同鉄道が国鉄に買収された後も「日本国有鉄道モハ115」として活躍を続け、銚子電鉄に移籍しました。最初はトロリーポールからの集電でしたが、後にビューゲル化。晩年はこの様に「架線点検車」として活躍していましたが、2008年(平成20年)限りで廃車となり、後に解体処分となりました。

現在の外川駅ホームの先には、引退したデハ801号電車と、郵便配達に使用される赤いバイクが飾ってありました。このデハ801号電車は、日中は車内も公開しているそうです。

2015年(平成27年)に撮影した外川駅の駅舎です。赤いレトロなポストがいい感じですね!

それでは駅から出て、ぶらぶらと歩いてみましょうか!

外川駅から外川漁港までは、この様に緩やかな坂道をぶらぶら下る事約6分です。都会の雑踏をしばし忘れて、散策するにはいいですね!(この画像を撮影した時は、生憎の雨でした)

また、旅行貯金(郵便局めぐり)をされている方に、耳寄りな情報です!外川駅から歩いて3分の「本州最東端の郵便局」外川郵便局では、局名印が3種類あり、文字のみ・イルカがデザイン・イワシがデザインの中から選ぶ事が出来ます。

こちらがイワシをデザインしたものです。この様な局名印がありますと、旅行貯金(郵便局めぐり)も楽しくなりますね!

地元のお魚問屋さんがやっている「外川ミニ郷土資料館」です。外川駅から徒歩1分。火曜日と水曜日は休館日です。

館内には銚子の観光、産業、漁業に関する資料が数多く展示されています。時間がある時は、ボランティアガイドの方が展示品について解説してくれることもあります。

歩き疲れたので、スイーツタイムにしましょうか!

「本州最東端の豆腐店」榊原豆腐店さんです。一見すると普通のお豆腐屋さんに見えますが、こちらのお店では大豆から作ったスイーツが大人気なのです!

その名も「豆乳プリン」!豆乳とにがりだけで造った、卵を使わないプリンです。この様にきな粉と黒蜜で味わうのが一番美味でした!(大納言味とメープル味もあります!)

店先ですぐに食べられるように、ベンチと自動販売機もあります。そして、何よりも嬉しいのは「自動販売機の飲料の値段が安い!」事です。缶コーヒー1本100円から!これも「街歩きの休憩をゆっくりどうぞ」という、お店のご主人の温かい心配りと言えましょう。

店頭の看板です。なるほど、「フ」が10個だから「トウフ」ということなんですね!明治時代から続いている老舗だけあって、長年に渡って愛されてきた味と言えましょう。

あとは地元でも評判のお寿司屋さん「治ろうや鮨処」で、人気の伊達巻と地魚のお寿司を食べたかったのですが、生憎と営業時間外でした。次回、銚子電鉄に乗りに行ける時はここでランチしたいものです!

さて、銚子電鉄の旅はこの外川駅で終点になりますが、私「てつきち」としては、是非とも読者の皆様へご紹介したい銚子のおススメポイントがあと2ヶ所あります!次回の最終回では、その2ヶ所をご紹介したいと思います。次回もどうぞお楽しみに!

※この情報は、緊急事態宣言以前に歩いて調べたものです。そのため、現在では緊急事態宣言を受けて営業休止や閉鎖になっている場合もありますので、宣言解除後のご来訪の折は最新の情報を確認されます様、よろしくお願いいたします。