【号外!】明るい話題です!箱根登山鉄道が7月末に復旧します!

皆様、おはようございます。「てつきち」です。いかがお過ごしでしょうか?コロナウイルスの影響で、全国的にこの週末の外出は控えましょう、という事態になってしまいました。

そんな中で、箱根から明るいニュースが飛び込んできました!

それは、昨年秋の台風で線路がやられて不通になっていた箱根登山鉄道の箱根湯本~強羅間が、思いより復旧工事が早く進んだため、今年の秋に全線復旧の予定が、7月下旬に早まることになりました。

先日は、強羅から早雲山を結ぶ箱根ケーブルカーも3月20日に工事が終わって運転を始め、この箱根登山鉄道の復旧に合わせるかのように早雲山駅もリニューアル工事をしています。

これに伴い、箱根を乗り物で一周する「箱根ゴールデンコース」も復活します。この7月下旬の運転再開の時には、コロナウイルス騒ぎも収束してもらいたいものですね!

【クマ活】昭島駅前で「リラックマリムジンバス」に遭遇!


こんばんは、「てつきち」です。しばらくぶりのご無沙汰でした。今日の話題は、東京都立川市を中心に走る立川バスから。同社では2007年(平成19年)から、リラックマとタイアップして「リラックマバス」を走らせており、現在では路線用4台、リムジンバス用1台が走っています。

その中で5号車になる「リラックマリムジンバス」を先日、昭島駅前でゲットしてきました。

このバスのテーマは、リラックマ達が「はちみつの森」に行き、新しいお友達「こぐまちゃん」に出会うところが描かれています。

コリラックマが遊んでいると、それを見ている小さなクマちゃんがいますね。

仲良くなったコリラックマと、こぐまちゃんはリラックマとキイロイトリの所へ行きました。

「おともだちですか?」とリラックマは聞いています。どことなく、ほっこりとする光景ですね。

バスの後部部分です。ここでコリラックマが、「こぐまちゃん」と紹介しています。

最後は、皆で一緒にはちみつを味わっています。美味しそうですね!

バス全体を後ろから撮影してみました。かなり凝ったラッピングになっていますね。乗るのが楽しくなるバスです。

この「リラックマリムジンバス」につきましては、立川バスのホームページにも詳細が掲載されていますので、撮影の際には参考になさってみてください。

【今はバス専業】東濃鉄道の由来は何でしょう?



皆様、おはようございます。「てつきち」です。この週末はまた台風。かなり強いと聞いてますが、大事にならないといいですね。

今日の一枚は、新宿で撮影した東濃鉄道の高速バス「中央ライナー可児号」です。東濃地方の中心地である可児、多治見と新宿の間を中央高速経由で結んでいます。

さて鉄道線もないのに「東濃鉄道」というのは何故なのでしょうか?その謎を紐解くには戦時中まで歴史を遡る必要があります。

1944年(昭和19年)3月1日、駄知線の前身である駄知鉄道、笠原線の前身である笠原鉄道など6社が合併し、東濃鉄道株式会社を設立。同日より笠原線(多治見駅~笠原駅4.9km)および駄知線(土岐津~東駄知駅10.4km)の鉄道事業と周辺地域における乗合バス事業を開始したものです。

笠原線、駄知線とも陶磁器の生産地を控えていたこともあって、陶磁器の輸送も担っていました。後に駄知線は電化され、電車が走るようになりましたが、昭和40年代になりますと陶磁器の輸送もトラックに取って代わられるようになりました。

そんな中で1971年(昭和46年)、笠原線の旅客営業を中止。1972年(昭和47年)7月13日には駄知線の土岐市駅~神明口駅間の土岐川鉄橋が流失。資金の不足のため復旧が困難なことから駄知線は営業休止となり、そのまま1974年(昭和49年)に全線が廃止されました。

1978年(昭和53年)11月1日には、最後まで残っていた笠原線の貨物輸送も廃止となり、東濃鉄道は鉄道事業から撤退したのです。

笠原線の廃線跡は、現在は「陶彩の径」というサイクリングコースになっています。桜の名所とも聞いていますので、桜シーズンには是非歩いてみたいものです。

【関西のバスから】阪神バスフォトグラフ


皆様こんばんは、「てつきち」です。いかがお過ごしでしょうか?今日の一枚はバスの話題です。

大阪から神戸の阪神電車の線路沿いを網羅している、阪神バス。かつては阪神電鉄の直営バスでしたが、平成の世に入ってまず西宮市内の路線が分社化されたのをきっかけに、尼崎市内や他の地区も分社化され「阪神バス」に統一となりました。

このバスは阪神国道を走っていたことから、昔の人(うちの祖母もそうです)の中には「阪国バス」と呼ぶ人もいます。

また尼崎から宝塚までの路線を有していますが、これはかつて阪神が「宝塚尼崎電気鉄道」という鉄道線を計画していた時の名残です。この路線は用地も確保して路盤工事にまで至りましたが、諸般の事情により鉄道としての開業は断念。1932年(昭和7年)11月に同軌道を活用したバス専用道路が完成し、12月25日より神戸 ~宝塚間、大阪福島~宝塚間での阪国バスによるバス運行が開始されました。

後の1942年(昭和17年)、このバス専用道路は兵庫県に買い上げられて一般道路となり、現在の「兵庫県道42号尼崎宝塚線」となりました。

ある意味阪急の「聖地」であった宝塚へ、ライバル阪神も殴り込み。その経緯から阪神バスの「宝塚」バス停は、阪急側ではなくJR宝塚駅側にあります。この当時の関係者が、現在は阪急と阪神が同一経営になった、と知ったらびっくり仰天するでしょうね!

この阪神バス「尼崎宝塚線」、是非一度乗りバスしてきたいと思います。

【日本で唯一!】名古屋ガイドウェイバス「ゆとりーとライン」



皆様、こんばんは。「てつきち」です。明日は嬉しい週末。このページもWordpressを使いこなす練習として、定期更新日の毎週月曜日以外にも不定期に更新していきたいと思います。

今日の話題は、尾張名古屋発。鉄道のようで、鉄道ではない。バスのようで完全なバスではない。そんな不思議な乗り物「ガイドウェイバス」が名古屋では走っています。

その名も、名古屋ガイドウェイバス「ゆとりーとライン」

バスの始発地は、中央西線の「大曽根」駅。駅前の高架部分から発車しています。

「大曽根」を出発し、カーブを曲がるところを最前列からパシャリと1枚。

この大曽根駅~小幡緑地駅の区間は「軌道」扱いで、このバスを運転するには大型二種免許の他、無軌条電車[トロリーバス]の運転免許(無軌条電車運転免許)が必要となります。無軌条電車[トロリーバス]は、以前にもご紹介しましたが、現在では立山黒部アルペンルートの室堂~大観峰間にのみ残っています。

この区間はハンドル操作は行わず、バスの側面から出る補助車輪が高架区間(案内軌道)に接して走ることになります。また時速は60kmに抑えられ、普通の路線バスの様な「続行運転」は行われていません。高架区間内では、凡そ10分ヘッドで運行しています。

小幡緑地駅で撮影した、大曽根駅行きの「ガイドウェイバス」です。バスの様でバスではない、電車の様で電車ではない、不思議な乗り物ですね。

大曽根駅を出てすぐ、車窓右手にはナゴヤドームが見えてきます。バスを駅から撮影してみますと、両端に「案内軌道」があるのが見えます。走行音もかなり静かで、まさに「未来の乗り物」といった感じです。

バスの写真を撮りたかったので、「小幡緑地」駅で途中下車。ここで高架区間は終わり、「ガイドウェイバス」は一般の路線バスとして運行されます。

「小幡緑地」駅に入線してくる「ガイドウェイバス」です。

一見すると、普通の路線バスにしか見えませんが、この「ガイドウェイバス」は日本で唯一の存在なのです。

「小幡緑地」駅に停車中の所を1枚。

ここで「ガイドウェイバス」はスロープ(坂道)を下り、専用道(高架区間)から一般道へと入ります。

今度は一般道から専用道(高架区間)へ登って行くところを1枚。本当はもう少し近くで撮影したかったのですが、ここから先は安全のため立入禁止だったので、この様なショットになりました。次回の訪問時には、望遠レンズ持っていくぞ!

一般道への入口で信号待ちをしている「ガイドウェイバス」です。信号が変わったら一般道へと入り、途中の中志段味(なかしだみ)行きや、終点の高蔵寺行きなどに分かれて運行されます。

終点の「高蔵寺」駅に到着した「ガイドウェイバス」です。特に朝夕のラッシュ時には、一般道路区間だけでは渋滞するところを、高架区間で定時運行しているので、通勤・通学輸送にとても重宝されています。このバスが開業する前は、名古屋市内の区間は慢性的な渋滞。その渋滞とは無縁の専用軌道で走るのですから、他の渋滞が慢性的な都市でも是非、実現して欲しいものですね。

高蔵寺駅では中央西線の他、愛知環状鉄道線にも接続しており、岡崎方面へ足を伸ばすのにも便利な存在となっています。

名古屋御来訪の折には、是非いかがでしょうか。