【今、人気のバス】ラブライブ!サンシャイン!!バス(静岡県三島市)


皆様、こんばんは。「てつきち」です。この週末は、大学のOB会の支部会で静岡県は三島に行ってきました。

翌日、ホテルを出て駅前のバスターミナルに着いた時、派手なラッピングのバスがいるのを発見!

見たところ、これが噂には聞いていた人気アニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」とタイアップしたラッピングバスでした。

ボディには一面、アニメのキャラのイラストとサインが描かれています。正面には、主人公のヒロインたちが通う「浦の星女学院」の校章があるのがアクセントです。

これだけキャラが描かれていますと、アニメファンならずとも思わず写真を撮りたくなります。この日も多くのファンや通行人達が、珍し気なラッピングのされているこのバスをスマホなどで撮影していました!

こちらは左サイドです。ここまで凝って、アニメファンの目を惹いたラッピングバスはないでしょう。

このバスを運用している東海バスオレンジシャトル(沼津管内路線を担当)によりますと、この「ラブライブ!サンシャイン!!」バスは路線用が3両あり、それぞれ運用固定で使用されています。運用時刻は東海バスホームページで参照することが可能です。また物語の舞台となっている内浦地区(西浦線)では、伊波杏樹さん(Aqours・高海千歌役)が東海バスの車内アナウンスを務めます。

また4号車は、高速バス「三島エクスプレス」(バスタ新宿~三島駅~大平車庫間)として運用されています。今度はバスタ新宿で見てみたいものです。

【何と乗船無料!】県営渡船と鉄道廃線跡をめぐる!(富山県射水市)




皆様、こんばんは。「てつきち」です。毎週月曜日は「てつきち」の日。今日も楽しい乗り物の話題をお届けしたいと思います。

今日の話題は、渡し船の話題を富山県射水市からお送りします!

高岡駅から万葉線電車に乗り、終点の越ノ潟駅で下車。この越ノ潟駅は富山新港の西側にあり、駅を降りるとすぐ富山県営渡船の待合室があります。朝夕の通勤通学時間帯は15分間隔、それ以外は30分間隔で朝から夜まで、越ノ潟と対岸(富山新港東側)の堀岡の間を結んでいます。

定員80名の小さな船2隻が旅客と自転車を搭載して進む、所要時間4分の小さな船旅です。「ふるさと」のオルゴールが鳴り始めると、乗船改札の始まりです!

こちらがその船室内です。かつては地元民以外は有料でしたが、1986年(昭和61年)に完全無料化されました。乗ったかなと思うと、すぐに到着する。なぜこの様な渡船が存在するのでしょうか?

それはかつてこの地を走っていた鉄道線の事が関係してくるのです。

かつて富山地方鉄道では、新富山~新湊間の「射水線」と地鉄高岡~伏木港間の「高伏線」(現在の万葉線の一部)を有していました。

国鉄新湊線の旅客営業が廃止されたのをきっかけに、「高伏線」米島口から新湊(現在の万葉線「六渡寺」駅)まで新線を敷き、「射水線」と繋いで、富山から高岡までの直通運転を開始しました。この富山~高岡間直通電車は、富山市内線の「西町」電停を始発駅にして富山駅前を経由し、射水線と高伏線を通って地鉄高岡駅(現在の万葉線「高岡駅」まで運転されていました。

後に市内線への直通は廃止となり、高岡行きの直通電車は射水線の始発駅・新富山から発車するようになりました。高岡駅から新湊駅の間は1959年(昭和34年)「加越能鉄道」に移管されましたが、直通運転は続けられました。

しかし1965年(昭和40年)、放生津潟を活用した「富山新港」の建設計画が浮上しました。これに伴い、潟の出口にあった射水線の鉄橋がネックとなり、射水線の堀岡駅~越ノ潟駅間が廃止されて路線は分断されました。同時に越ノ潟駅~新湊駅間も「高岡市内の交通機関の一元化」を理由に加越能鉄道に移管されました。

そして射水線は新富山駅と、堀岡渡船場前に新設された「新港東口」駅間を結ぶ路線となりました。新港東口駅と越ノ潟駅の間は、24時間運航の県営渡船が連絡するようになります。いわばこれも「鉄道連絡船」の範疇に入れてもいい航路ですね!

ところが富山の町から新湊へ出るには「船に一度乗り換えなければならない」という手間があって、射水線の乗客数は激減。富山駅前乗り入れなどの方策をあれこれ採用しましたが時は既に遅しで、結果的には1980年(昭和55年)3月31日限りで、富山地方鉄道射水線は全線廃止されました。また加越能鉄道の伏木線(米島口~伏木港間)も、モータリゼーションの発達で利用者が減り、1971年(昭和46年)に廃止されました。

その当時走っていた、加越能鉄道デ5022号車です。この電車は1950年(昭和25年)の日立製作所製で、富山~高岡間の直通運転に使用されていました。1971年(昭和46年)の伏木線廃止の際、除雪用となったこのデ5022号車を除き、廃車となりました。除雪用としての役目を終えた後、現在は万葉線「新吉久」電停前の広場に静態保存されています。

県営渡船も、新湊大橋の開通などによって利用者数が激減し、現在は1日69便が運航されています。この写真は、船の中から新湊大橋と越ノ潟渡船場を撮影したものです。この新湊大橋は、日中は歩いて渡ることも出来るので、次回の訪問の際には是非、歩いて見たいものです。あとは新湊で、富山湾の美味しい魚も食べたいな!

県営渡船の堀岡渡船場です。ここからはバスで、小杉駅や富山駅へと抜けることが出来ます。

渡船場前から続いていたサイクリングロードです。おそらくこの辺りが、射水線の分断後の終点・新港東口駅の跡ではないかと思われます。

時刻表を見ると、富山大学前を経て富山駅に至るバスが丁度あるようです。言わば「射水線の廃止代替バス」のようですね。

「すみません、これは射水線の跡を走るバスですか?」と運転士さんに聞いてみましたが、若い運転士さんは、

「申し訳ございません、分かりません。」という回答でした。確かに射水線が廃止されたのは、1980年(昭和55年)の事でしたから今から40年前の話。もう射水線の事を知る人も少ないだろう、と思いました。

私とあと1人の乗客を乗せて、バスは新港東口から富山駅を目指します。

走っていると、車窓右手にさっきのサイクリングロードが見えてきました。これは間違いなく、富山地方鉄道射水線の廃線跡でした!かつてはこの路に鉄路が敷かれ、小さな電車が1~2両でのんびりと走っていたものでした。

今は堤防に囲まれて海岸線を見る事は出来なくなりましたが、途中の打出浜はかつては県内有数の海水浴場の一つで、射水線の前身である「越中電気軌道」が海水浴場を開発し、夏の時期には誘客に努めていたそうです。

「鯰温泉口」の辺りでバスは廃線跡とお別れして、富山の市街地へと入っていきます。親孝行息子と鯰の秘話で知られている「鯰温泉」は今でもビジネス旅館として、そして地元の人に愛される日帰り温泉として盛業しています。そう言えば射水線の駅にも「鯰鉱泉前」という名の駅があったのを思い出しました。

しばらく走っているうちに、バスは富山大学の近くへとやって来ました。ここからは富山市内を走る「富山市内線」の路面電車も出ています。

路面電車に乗ると、大学前の次は「富山トヨペット本社前(五福末広町)電停に着きます。ここが実は、かつての射水線の富山方のターミナル・新富山駅だったのです!射水線廃止後、電停の名前は「新富山駅前」から「新富山」に変わりましたが、2015年(平成27年)に現在の名前に変わりました。また1986年(昭和61年)まで、射水線時代の駅舎がそのまま残っていたようです。

ここで神通川にかかる富山大橋を渡ります。ここでは天気がいいと、立山連峰の山々をバックに路面電車の撮影をする事が出来るようです!次回富山来訪の折には、是非来てみたいところです!

こうなりますと、富山では「鉄道ファンの聖地の喫茶店」に行ってみたいものです!そこで次の「安野屋」バス停で、バスを降りる事にしました。

次回の「てつきち」では、その「鉄道ファンの聖地の喫茶店」のお話をしたいと思います。来週もどうぞお楽しみに!

【バスの旅】春は雪の壁、秋は紅葉の中を行く立山高原バス!



皆様、こんばんは。「てつきち」です。前回お知らせしました様に、このページは基本、毎週月曜日に更新していきたいと思います。尚、取り上げたい記事が多い場合は臨時便を「増発」という形でお届けしていきます。

今回の話題は、先日行ってきた「立山黒部アルペンルート」の中から、立山高原バスの話題をお届けいたします。

富山地方鉄道の立山駅からケーブルカーに乗り、美女平駅へ7分の旅。ここから室堂までは、立山高原バスの旅になります。美女平駅前には、多くのバスがスタンバイして観光客や登山者を待ち受けていました。

室堂行きの立山高原バスです。山岳路線を走るため、立席での乗車は出来ません。また、途中の弥陀ヶ原などに停まる定期便の他、多客時には美女平駅と室堂バスターミナルをノンストップで結ぶ直行便が臨時で運転されることもあります。バスの種類としては日野「セレガ」やいすゞ「ガーラ」が多く、全て環境に優しいハイブリッド車になっているのが特徴です。

発車するとすぐ、ビデオによる観光案内放送が流れます。以前は車掌さんが乗務して沿線案内を行っていましたが、現在はワンマンバスのためビデオでの案内となっています。この道路は乗鞍岳同様、路線バスと許可車両以外は通行できない道路なので、スイスイとバスは走っていきます。秋になると、野生のサルが道路に出て餌をおねだりする光景も見る事が出来ます。

日本一の名瀑・称名滝が見えるところで、バスは一時停止してくれます。これは粋なサービスですね!この画像は昨年の秋に行った時の画像ですが、春の雪解けの時期に行きますと水量もこれより豊かに見えます。

秋に乗った時は弥陀ヶ原湿原を歩いてみたかったので、「弥陀ヶ原」バス停で途中下車。降りる時はバスの待合所で、次の乗車予定のバスを予約する必要があります。これを行わないと、バスは通過してしまうのでご注意ください。

昨年10月に訪れた時の弥陀ヶ原湿原です。種類は分かりませんが、赤い葉っぱが色づいており、格好のシャッターチャンスでした。

少し霧が出ていましたが、自然の中を歩くのは気持ちが良いものですね。都会の疲れや悩みが飛んで行ってしまうかのようです。

「ガキの田」と呼ばれる部分です。その名前は立山信仰からあり、地獄に落ちた餓鬼が飢えを凌ぐため耕した田んぼだから、と言われています。

それでは、「弥陀ヶ原」バス停から再びバスの旅を楽しむ事にしましょう。ここからは「平成最後の日」である今年4月30日に行った時のレポートとなります。

室堂に近くなるにつれて、雪の積雪量が多くなってきました。ここが「立山黒部アルペンルート」の春のハイライト部分である「雪の大谷」です。ここではバスも徐行して走ってくれて、乗客の皆様は車内からその雪の壁を撮影していました。私も今回、この「雪の大谷」見たさにこの室堂を訪れたのです!

室堂バスターミナルでバスを下車し、「雪の大谷」を歩いてみることにしましょう!

室堂側から見ると、左側がバス道路、右側が遊歩道として除雪されています。最近ではインバウンド旅行者も多く、中国や台湾から来た人たちはその雪の多さにびっくりし、何枚も写真を撮っていた程でした。外国人は、その風景が気に入りますとすぐInstagramやFacebookなどのSNSに上げて宣伝してくれますので、世界的な知名度アップになっているかもしれませんね。

路線バスがやってきました。富山地方鉄道、とあることから富山市内からの直行バスみたいですね。バスの高さと比較してみますと、この雪の壁の高さが如何に高いかお分かりですよね!ちなみに最高地点で、何と16メートルもありました。

「端午の節句」も近いということで、雪の壁には鯉のぼりも掲げられていました。

この「雪の大谷」ウォークは、行き(下り)が15分、帰り(上り)20分だそうです。私が行った時は、雪の中を進む期間限定のパノラマロード「ZEKKEI」がありました。降り積もる雪を踏みながら、遥かに聳える立山連峰の山々を眺めることが出来る、滅多に出来ない経験です。

雪の中にある「日本最高所の本格派リゾートホテル」ホテル立山です。ここで冷えた身体を熱いコーヒーで、という事でコーヒーショップ「りんどう」にやってきました。

ホテル立山内にあるコーヒーショップ「りんどう」です。

店内は登山者や観光客で一杯でした。その多くの方がオーダーしている人気メニューが、このお店にはあるのです!

そのメニューとは、立山名物「ダムシフォンケーキ」!ものすごくでっかいシフォンケーキでダムを現し、たっぷりのホイップクリームでダム湖の放水を、ほろ苦いキャラメルソースでダム湖を表現しています。コーヒー付きで1,400円。小食の人なら、お昼御飯いらないや、と思えるほどです。

電鉄富山駅と室堂間の往復を計画している皆様に情報です。特に4月中旬の開業日から雪の融ける6月中旬ごろまでは、電鉄富山駅と室堂駅間を結ぶチケットは、朝一番で買いましょう。何故ならこの方面のチケットは、チケット購入の際に立山ケーブルカーの乗車時間が指定されるため、あまり遅い出発だとスケジュールが立てられなかったり、午前中に「富山~室堂間の往復チケットは完売しました」という時もありますので、ご注意ください。

それでは今度は、どこの乗り物ネタになるでしょうか?次回もどうぞお楽しみに!

【バスの旅】鉄道廃線跡を行く「かしてつバス」



皆様、こんばんは。「てつきち」です。今日もバスの話題を一つ。

先日、茨城県の鉾田へ行く用があり、石岡駅から関鉄グリーンバスの路線バスで行ってきました。一見、普通のバスに見えますがこのバス、普通のバスではないのです。

この通称「かしてつバス」は、BRTBus Rail Traisitの略)といい、専用道路を走る路線バスなのです。しかもそのバス専用道路とは、2007年(平成19年)3月31日に惜しくも廃止になった鹿島鉄道線(石岡駅~鉾田駅間)の石岡駅から四箇村駅の間の線路跡が活用されているのです。

既に更地になった、石岡機関区の跡です。この始発駅・石岡駅にはかつて機関区があり、鹿島鉄道のキハ(ディーゼルカー)達の基地となっていました。

1985年(昭和60年)、私「てつきち」が中一の時に撮影した石岡機関区です。この頃は、詰所で名前と連絡先さえ書けば自由に構内の撮影が許されていました。右側にいるのは、夕張鉄道からやってきた道産子・キハ714です。現在は、小美玉市某所にある「鹿島鉄道記念館」(通常は非公開)にて保存しています。左側にいるのは、富山県の加越能鉄道からやってきたキハ431と432です。こちらは東急車輛製で、東武鉄道熊谷線キハ2000系とは兄弟車に当たります。

駅のコンコースから見た、バス専用道路です。かつての線路跡を整備し、一直線の道路になっています。駅から分岐していくレイアウトは、かつてこの地に列車が走っていたことを象徴しているかのようです。

それでは発車します。普通のバスと同様に、停留所に停まっていきますが、鉄道時代に比べてバス停が増えているので、以前より利便性は整ったと言えましょうか。

一般道との交差点です。バスが通過する時には、専用道路側の遮断機が上がり、バスが通行できるようになっています。一般車両は通行できないので、バスの速度も出て快適に走っています。

2008年(平成20年)に撮影した、上の画像の辺りの線路跡です。線路が剥がされた他は、鉄道時代の面影をしのばせてくれます。この時は「鹿島鉄道記念館」の特別公開があり、その帰りに旧・東田中駅跡から旧・石岡駅跡まで廃線跡を歩いてきました。

同じく2008年(平成20年)に撮影した、旧・石岡南台駅跡です。こちらは鹿島鉄道の中では一番新しい駅で、駅近くに住宅が集中していたことから新設された駅でした。

現在の旧・石岡南台駅跡です。ホームも跨線橋もそのままに残っていますね。ただ、鉄道時代のホームですと、バスのステップの高さには合わないので、現在は鉄道時代のプラットホームは閉鎖されています。

桜の木で知られた、旧・東田中駅の所ですれ違うバスです。この鹿島鉄道線は全線単線でつくられていたため線路敷地が狭く、随所随所にこの様な「行き違い設備」が設けられています。すれ違う時は、バスも一時停止して待機します。

2008年(平成20年)に撮影した、旧・東田中駅です。この辺りは、廃線から1年後でもまだ、線路が残っていました。

2008年(平成20年)に撮影した、旧・玉里駅です。ここには工業団地があることから通勤需要も多く、朝夕を主体に石岡~玉里間の区間列車も設定されていた程でした。

旧・新高浜駅と旧・四箇村駅の間に設けられた行き違い施設で、バス同士の行き違いです。この「鹿島鉄道代行バス」は、鉄道線廃止から数年間は、線路沿いの国道を走っていました。しかしその道路の渋滞がかえって慢性化し、定時運行が困難な状態になりました。

また同時に自衛隊の百里基地の一部を活用して開港した茨城空港へのアクセス手段としても視野に入れる様になり、旧廃線跡の一部を整備。そして2010年(平成22年)に、この専用道の開通によって「かしてつバス」も、この道を走るようになりました。現在では、石岡駅から鉾田駅・新鉾田駅を結ぶ路線バス、石岡駅から小川駅を結ぶバス、石岡駅から茨城空港を結ぶバスが、このBRTBus Rail Traisitの略)として走っているのです。

旧・四箇村駅跡辺りで専用道路から一般道路へと入りましたが、全線一般道路を走っていた頃に比べて時間は大幅に短縮されました。これからの活躍に益々期待が出来る路線です。茨城空港アクセスの際には、是非いかがでしょうか?

【高速バス】東名ハイウェイバスで「アストロメガ」初乗車!



皆様、こんばんは。「てつきち」です。長い事、更新をサボっていて申し訳ありません。この間にも様々な乗り物に乗ってきました。

3月に名古屋に行った時は、新しく投入されたヨーロッパ製の二階建バス「アストロメガ」に遂に乗車しましたので、そのリポートをお届けしたいと思います。

今回、名古屋からの帰りに選んだのが「新東名スーパーライナー22号」。新東名高速道路経由の超特急便で、名古屋駅を出ると休憩箇所である遠州森町PA、足柄SAに停車する以外は、霞ヶ関、東京駅にしか停車しません。果たして、どんなバスなのでしょうか?楽しみですね!

こちらは2階席です。定員確保のために4列シートですが、従来の座席よりゆったりとしているのが新車である証明と言えましょうか。他社では、東京駅鍜治橋駐車場と成田空港を結ぶ京成バス「有楽町シャトル」、東京駅鍜治橋駐車場と大阪、神戸を結ぶジャムジャムエクスプレスなどで使用されていますが、その輸送力の大きさがどの路線でも重宝されているようです。また1階席には車椅子スペースも設けられ、バリアフリーにも対応しています。

先頭部からの風景です。このバスの高さは、今までのエアロキングなどよりも高く造られているため、眺めもまた良いものです。先頭部には、非常時に乗務員席と連絡の取れるインターホンも取り付けられています。

こちらが「アストロメガ」の座席です。黒塗りで座り心地も良く、リクライニングも従来に比べて倒れる様になっています。勿論、USBジャックも前の座席の下に2席分用意されています。スマホ社会の今では、各座席のUSBジャックやコンセントも標準装備の時代ですよね!

16:30の定刻に名古屋駅を出発し、一路東京までの旅に出発します。最近では「新幹線」という乗り物に全く関心がなく、東京から名古屋まで移動する際も、普通電車の乗り継ぎや高速バス利用がメインとなりました。

1時間半ぐらい走った遠州森町PAで15分の休憩。休憩の時間が短かったので、売店は覗く程度でしたが、地場産品などの品ぞろえは結構よかったです。今度はそれ目的で来てみたいな。

ここで渋滞情報をキャッチ。東名高速道路ではお馴染みの「東名綾瀬バス停を先頭に30km」という、まぁいつものパターンの渋滞でした。果たしてこのバスは無事に東京へと着けるのでしょうか?

日もとっぷり暮れた足柄SAで二度目の休憩。ここでは売店やフードコートが閉店寸前だったこともあって、多くの乗客が食料の調達に向かっていました。

夜の足柄SAです。ここはレストランの他、宿泊できる仮眠施設まであります。これは見逃せませんね!

足柄SAを出ると、段々と車の流れは鈍くなってきました。いよいよ渋滞区間突入です。ここでイライラしても、到着時刻が遅れるのは不可避。のんびり行くことにしました。特に小田原厚木道路が合流してくる厚木IC辺りは、もうノロノロ状態。休憩を避けて海老名SAへ逃げる車の行列がずっと伸びていました。

東名高速上り線の渋滞は、大和トンネルを出るとほぼ緩和され、あとは順調でした。しかしこの時点で約30分遅れ状態です。
そこで用賀PAで「便宜下車」をする事にしました。

用賀PAでの「アストロメガ」です。東名高速を東京方向に向かって走る昼行の高速バスは、便宜的にこの用賀PAで下車する事が出来ます。但し、道路の渋滞状況やパーキングエリアの混雑状況ではできない場合もあるそうです。また、荷物をトランクルームに預けて、それが容易に出せない場合も下車出来ないとの事です。そのため、用賀PAで下車するかもしれない、という場合は乗車の際に予め乗務員さんにその旨伝えておくことをお勧めします。

用賀PAのバス停看板です。バスを下車した乗客は、エレベーターで地上へ降り、東急田園都市線の用賀駅まで歩きます。ちなみに徒歩で5分弱です。

この「アストロメガ」は、5月17日から東京・新宿~京阪神線にも投入されるそうです。ドル箱路線で需要もありますからピッタリですね!

ちなみに京阪神路線で「アストロメガ」が使用される便は以下の通りです。
【東京から京阪神】
<昼行便>
*青春昼特急11号(東京駅八重洲南口11:10発)

<夜行便>
*青春エコドリーム23号(東京ディズニーランド21:45発、東京駅八重洲南口22:30発)

*青春エコドリーム37号新木場駅23:00発、東京駅八重洲南口23:40発)

【京阪神から東京】
<昼行便>
*青春昼特急12号(大阪駅11:10発)

<夜行便>
*青春エコドリーム18号(大阪駅22:20発)

*青春エコドリーム32号(天王寺22:20発、JRなんば22:50発、大阪駅23:20発)