【駅弁】千葉駅の二大人気駅弁が期間限定でコラボ!


皆様、こんばんは。「てつきち」です。このページも更新がサボりがちですみません。本館ブログの方は毎日更新しており、昨年には300万アクセスを達成する事が出来ました。このページもそれに負けずに書いていきたいと思います。

今日の話題は千葉駅の駅弁から。卵と鶏肉のそぼろが綺麗な「菜の花弁当」や、安さの割にカツがでかい「黄色いカツ弁当」などの人気駅弁が勢ぞろいの千葉駅・万葉軒さんの駅弁。

まずは「黄色いカツ弁」という名前でお馴染みの万葉軒「トンかつ弁当」から。薄切りの大きなロースかつがウスターソースに和えられ、御飯の上に乗っかっています!そのお値段、何と500円という安さ!部活帰りの高校生たちがお小遣いで買えるように、容器を簡素化することでこの値段をキープしているところに脱帽ものです!

こちらが「菜の花弁当」です。千葉県の花・菜の花。その菜の花畑をお弁当で再現したもので、黄色い菜の花は卵そぼろ、土の部分は鶏そぼろ、そしてアサリの串焼きで飛んできた蝶々をイメージしています。こちらの「菜の花弁当」ですが、皇室ご一家が千葉県を訪れられた際にご賞味されたというお話も残っています。

 

その千葉駅の「二大人気駅弁」である「トンかつ弁当」「菜の花弁当」がコラボして、2月28日までの限定販売でトンかつ菜の花弁当として販売されています。

左側には「菜の花弁当」が、右側には「トンかつ弁当」が入っている、という欲張りなお弁当です!どっちも食べたくて迷うなぁ~、という人にはおススメですね!

こちらのお弁当は今年2月28日まで、千葉駅のみでの限定販売です。

【バスツアーのファーストクラス!】はとバスの「ピアニッシモⅢ」でオリエント急行ランチ!


皆様、こんばんは。「てつきち」です。昨年の年末、はとバスの中でもファーストクラスのバスである「ピアニッシモⅢ」に乗り、箱根へのツアーに行って来ました。

新宿駅東口で発車を待つ、はとバス「ピアニッシモⅢ」です。このバス使用の新宿発のツアーは従来の新宿駅西口ではなく、はとバスの案内所のある東口からの発車となっています。バスの定員はわずか24名で、勿論化粧室付き。また「静かな大人の時間を大切にする」ということで、12歳以下のお子様の乗車、10名様以上のグループの乗車、車内での宴会並びに過度の飲酒は一切ダメ、という厳格なルールがあります。果たしてどんなツアーになるのでしょうか?

はとバス「ピアニッシモⅢ」は新宿駅東口を出発してすぐ首都高速に入ります。前方には富士山が見えました。今日の旅、とても期待できそうですね!指定された座席が前から2番目の1人掛席だったので、バッチリと撮影出来ました。

バスが東名高速道路に入った辺りで、ドリンクのシートサービスです。私はホットコーヒーをオーダー。お茶請けにはフィナンシェが付きました。

「ピアニッシモⅢ」のドリンクサービスメニューです。冬シーズンは全てホットドリンクで、コーヒー、紅茶、緑茶、コーンスープの中からチョイスできます。一般のはとバスのツアーですと緑茶だけですが、今回ははとバスの中でもファーストクラスの「ピアニッシモⅢ」。ドリンクサービスからして違いますね!

厚木ICで東名高速道路と分かれ、小田原厚木道路へ。ここで見事な富士山を見る事が出来ました。この先の平塚パーキングエリアで休憩だそうです。

平塚パーキングエリアでの「ピアニッシモⅢ」です。ベースはいすゞガーラで、普通なら正席45名、補助席8名の53人乗りにする大きさのバスを後部に広い化粧室を設置し、シートピッチも広げた定員僅か24名、という超デラックス車にしたものです。

今回のツアーステッカーです。オリエント急行でのランチが、今回のツアーの最大のお目当て。自然と胸が高まります。

小田原厚木道路から箱根新道へと入り、芦ノ湖の湖畔へ。毎年1月2日の風物詩である「箱根駅伝」のゴールである箱根町を過ぎ、最初の下車地・箱根神社へ。

箱根神社の御神水です。初穂料200円でペットボトルも授与され、この御神水を持ち帰ることも出来ます。僅かな時間ではありましたが、ちゃんとお詣りしてきました。

芦ノ湖に浮かぶ箱根神社の鳥居です。ここの風景は「インスタ映え」するらしく、多くの観光客が記念写真をスマホで撮影していました。大半は中国からのインバウンド旅行者がメインで、彼らにとってこの風景はきっと素晴らしい風景だったのかもしれませんね。ちなみに元箱根港の近くからですと、この「芦ノ湖に浮かぶ鳥居」と芦ノ湖、富士山を絡めた写真を撮ることが可能です。特に冬ですと、白く雪化粧した富士山が最高の絵を見せてくれます!

箱根神社を後にして、芦ノ湖の湖岸を「ピアニッシモⅢ」はゆっくりと走っていきます。桃源台からススキの高原を見て仙石原へ。次の目的地である「箱根ラリック美術館」は、この仙石原地区にあるのです。

今回のツアーのメインは、その「箱根ラリック美術館」に保存されている「オリエント急行」のプルマン車の中で「今回のツアー限定のスペシャルランチ」を楽しむというもので、お値段もそれなりにしましたが、滅多に味わえないチャンスでしたので、思い切って申し込みました。

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こちらが、その保存されている「オリエント急行」のプルマン車(車両番号4158号車)です。1929年(昭和4年)の製造で、当初はパリとニースなどフランス南部を結ぶ「コート・ダジュール特急」として使用されていました。その後、この特急列車は廃止され、車両も一時休車になりました。

後に「オリエント急行」のサロンカーとして復活し、多くの豪華な夢を運んできました。1976年(昭和51年)からは「NIOE」(Nostalgie Istanbul Orient Express)としてパリ~イスタンブール間で長らく活躍を続け、1988年(昭和63年)には「パリ発香港経由日本行き」の列車として、日本国内の線路を走ったこともあります。この4158号車も、何と日本の線路を走った車両のうちの1両なのです!

香港からは貨物船に載せられて、山口県の下松へ上陸。ここにある日立製作所の車両工場で、台車をヨーロッパ仕様の広軌用台車から日本仕様の狭軌用台車(1,067mm)に履き替え、日本国内で「ツアー列車」として、北は北海道から南は九州まで国内各所を走りました。ツアー自体は高価格帯にも関わらず、倍率は90倍近くにもなりました。その人気は今の「ななつ星」「四季島」「Twilight Express瑞風」など比較にならないほどの人気だったといいます。

またJR東日本ではこの「オリエント急行」を牽引させるために、わざわざ蒸気機関車「D51-498号機(通称:デゴイチ)を現役復活させたほどの力の入れようでした。「D51-498号機」は上野から大宮までの区間ではありましたが、炭水車にオリエント急行のロゴを付け、力強く走り切りました。

後に「NIOE」(Nostalgie Istanbul Orient Express)が運行を休止するとこの車両も用途を失いましたが、縁あってその後この箱根の地にやってきて、現在では当日予約制のカフェとして営業しています。車内の各所には、ラリックが仕掛けた模様などが残されており、スタッフの方が解説してくれます。

それでは、今回のツアーのスペシャルランチのスタートです!

まずは前菜の盛り合わせから。上から時計回りに「ホタテと天使エビと旬菜のテリーヌ」「ズワイガニのタルタル 柚子の香り」「山麓豚のパテ ビーツのソース」です。一つ一つの素材に力を入れ、見た目も良くして楽しませてくれます。

スープは、カボチャのポタージュです。かなり濃厚な味わいで、パンのおかわりをしたくなる程です。事実、パンをおかわりしてこのスープ皿を拭い、最後まで味わいました!

今回のメインディッシュ「和牛リブロースステーキ トリュフが香るソースヴァンルージュ」。お肉がとても柔らかかったです!ソースの味も最高で、これもパンをお代わりして、ソースを全部拭って食べた程です。ちなみに西洋料理では「ソースを残す」という行為は、「料理人に対して一番失礼な行為」だと言われています。

デザート「りんごのキャラメリゼのズゴット(ムース)です。食後のコーヒーと共に、じっくりと味わいました。食後には、案内人付きで美術館を見学。改めて、このラリックの功績の大きさを感じました。

ミュージアムショップでは、この保存車・4158号車のNゲージ鉄道模型を売っていました。値段も手頃だったので、私も購入。これをブルートレインや「青大将つばめ号」などの編成に挟み込んだら、どんなに素敵だろうな、と一人空想してしまいました。もしもブルートレインの中間車にこのプルマン車を連結した列車が実際に走ったら、きっと寝台券は瞬殺で完売でしょうね!

早めに駐車場へと戻り、今回の「ピアニッシモⅢ」をじっくりと観察してみることにしました。車内には2人掛けと1人掛けのリクライニングシートが8列並んでいます。今回のツアーは総勢12名のようです。

2人掛けのシートです。リクライニングの角度も従来のバスに比べて深く、レッグレストも備え付けられています。また、今のバスでは標準装備となったスマホ用のコンセントも設置されていました。

1人掛けシートです。向かって右側はこの様な感じになっています。使い捨てのスリッパや、車内用のひざ掛けの貸し出しもあるという、飛行機のビジネスクラス並みのサービスです。

シートに取り付けられている、ハトのエンブレムです。このエンブレムが、他のはとバスとは一線を画したデラックスさを物語っているかのようです。

後部化粧室前にある、サービスコーナーです。ここにはコーヒーマシンがあり、本格的なコーヒーを車内で味わえるようになっています。

やがて他のツアー客も三々五々戻ってきて、最後の目的地である御殿場高原「時之栖」へと向かいます。

御殿場高原「時之栖」では、冬の風物詩となりましたイルミネーションを見学しました。ここを出ると、あとは東名高速道路をひた走って東京へ向かうのみです。東名高速道路へ入ると再びドリンクサービスがありました。ここでもコーヒーをオーダー。

この「ピアニッシモⅢ」では復路の車内に限り、飛行機の様なオーディオサービスがあります。各座席にイヤホンジャックが付いているのではなく、希望者のみガイドさんから専用の端末を借りて、座席で楽しむのだそうです。バス前方のモニターから流れているビデオの音声も、この専用端末で聞くので静かな車内でした。

最後の休憩地・海老名サービスエリアでの「ピアニッシモⅢ」です。今回のツアーの最大の目的は2つありました。1つはこの「ピアニッシモⅢ」への乗車、もう一つは「オリエント急行」でのランチ。両方が楽しめて、すっかり満足したひと時でした。この「ピアニッシモⅢ」でのツアーは従来に比べればお高いですが、高いなりの価値は十分あるほどのものでした。

ちなみに日本で一番高級なバスは、三越伊勢丹の上級会員のみが参加出来るツアーで使用される「ロイヤルプレミアムクルーザー」です。乗車定員は僅か12名、ツアー代金もかなりの金額、参加条件も厳格でおいそれと乗ることは出来ません。またクラブツーリズムや阪急交通社「トラピックス」でも最近では高級バスツアーを出すようになりましたので、機会があればそれらのツアーにも是非、参加してリポートしてきたいと思います。

そうこうしているうちにバスは都内へ入り、ガイドさんがオーディオサービスの端末の回収にやってきました。そして最後の挨拶があり、ほぼ定刻に新宿駅西口に帰着しました。

今度はどこの乗り物情報をレポートするでしょうか?次回もまたお楽しみに!

【惜別】さようなら関電トロリーバス


皆様、おはようございます。さて本日は、乗り物の話題から一つ。富山県の立山駅から、長野県側の信濃大町駅までを結ぶ山岳観光ルート「立山黒部アルペンルート」。その中で、黒部ダムと長野県側の扇沢駅との間には、全国でも珍しいトロリーバスが走っていました。

しかしこのトロリーバス、来年から最新鋭の電気バスに置き換えられることになったので、この「立山黒部アルペンルート」の本年度の営業最終日となった11月30日をもって廃止される事になりました。

今日は、10月に「立山黒部アルペンルート」を訪れた際に撮影してきた画像から、この「関電トロリーバス」の話題をお送りしたいと思います。

立山駅を早朝に出発して、大観峰の紅葉や黒部ダムの大放水に感激して旅を続けてきました。黒部ダム駅からは、いよいよ今回の「立山黒部アルペンルート」の最大の楽しみと言っても良い「関電トロリーバス」の旅です。

時間になり、改札口には三々五々乗客が集まってきました。(今日のトップ画像です)廃止が近い事もあって、各旅行会社でもこの「関電トロリーバス」乗車を絡めたアルペンルートのツアーを組んでいるらしく、このラッシュなのだそうです。

こちらがトロリーバスの走る「関電トンネル」内です。富山県と長野県の県境を貫いており、全長5.4kmの長さです。

こちらがそのトロリーバスです。現在の車輌で三代目なのだそうです。見た目はバスですが、動力は架線からトロリーを介して電気で走っているため、電車の部類になります。そのため、このトロリーバスの正式名称は「無軌条電車」と言います。

トロリーバスの側面に描かれたサボ風のイラストです。

英文で書かれた、このトロリーバスのイラストです。来年からの電気バスをよろしく!という内容でした。

発車を待つ、トロリーバスの車内です。車内放送でも「この列車は・・・・」と、電車の扱いでこのトロリーバスが扱われていました。

やがて定刻になり、「関電トロリーバス」は静かに黒部ダム駅を発車しました。

この「関電トロリーバス」が登場したのが1964年(昭和39年)8月1日のことで、黒部ダム工事にあたって掘られたトンネル等を活用した観光ルート「立山黒部アルペンルート」の一環として登場しました。何故、トロリーバス(無軌条電車)になったのかと言いますと、この長い関電トンネルの場合、普通のディーゼルエンジンのバスだと排気ガスがこもってしまい、環境破壊や健康面の悪化に繋がるから、という理由で採用されたと言います。

このトロリーバス(無軌条電車)は当時、東京、川崎、横浜、名古屋、京都、大阪で走っており、大都市でも近代的な交通機関として活躍していました。しかし、ほぼ同時に路面電車が廃止になったことや、変電所等の設備投資などでコストがかかることから、1972年(昭和47年)の横浜市を最後に、都市部のトロリーバスは全て廃止されました。そのため、この扇沢~黒部ダム間が「日本で唯一残るトロリーバス」として知られるようになりました。

その後、1997年(平成9年)に、従来のバスで運行していた室堂~大観峰間のトンネルバスが、環境への配慮、ということでトロリーバスに変更となりました。そのため「立山黒部アルペンルート」では、日本でも貴重なトロリーバスに乗れるルートとして、注目を浴びました。

途中のトンネル内で列車交換(上りと下りの行き違い)を行い、約16分で長野県側の扇沢駅に到着しました。

扇沢駅の駅名標です。トロリーバスが到着すると、あちこちで記念撮影をする人がいました。

扇沢駅に到着した「関電トロリーバス」です。前から撮ってみると、本当に電車というよりバスにしか見えないスタイルです。

今度は、後部から撮影してみました。バスの後部に、2本のトロリーを支える部分があるのにお気づきかと思われます。この様に終点は「行き止まり式」ではなく、テニスのラケットの様な「ループ式」になっているのが特徴です。これも運転台が片側にしかないトロリーバス(無軌条電車)ならではの光景と言えましょうか。

先日11月30日のTVニュースでも大きく取り上げられました、この「関電トロリーバス」引退の話題。最終便には整理券が発行されて、目立った混乱も無かったようです。これでトロリーバス(無軌条電車)は、日本国内では室堂~大観峰間のみの運行となりました。

この「立山黒部アルペンルート」のお話はまた、小出しに出していきたいと思いますので、どうぞお楽しみに。

小田急の新型特急ロマンスカー「GSE」を10倍楽しむ方法!


皆様お久しぶりです。「てつきち」です。ここの所、更新をサボっており気が付いてみたら11月も終わりになっていました。もう一つのブログの方は、1日1筆をモットーに毎日更新していますので、併せてご覧いただけると嬉しいです。このページも、せめて週に一度は書いて行けるよう努力いたします。

さて先日、撮影の仕事で箱根へと行ってきました。仙石原に1泊し、箱根ゴールデンコースや仙石原のススキなどを撮影してきましたが、帰りは、昨年秋にデビューしたばかりの小田急ロマンスカーの新車・70000形「GSE(Graceful Super Express)に念願かなって乗車することが出来ました!

箱根湯本駅の特急券発売窓口で、この「GSE」使用列車の空席がないか聞いてみたところ、展望席は売り切れだが一般席なら先頭の7号車に空席があるとのこと。すぐさま予約し、1番線ホームに向かいました。

1番線ホームには、新宿駅からの旅を終えてきた70000形ロマンスカー「GSE」が、折り返し運転に向けて車内清掃をしているところでした。

70000形ロマンスカー「GSE」のボディです。小田急ロマンスカー伝統のオレンジ色主体のカラーで、優美さを感じます。またこのロマンスカーは、展望席付きの過去のロマンスカーとは違い、連接車構造ではなく各車両が分かれたボギー車構造となっているのが特徴です。

車内清掃が終わり、いよいよ車内へとご案内といったところで耳寄りなアナウンスが流れました。

「只今から、1号車先頭部のところで撮影会を行います。参加ご希望の方は、1号車先頭部までお越しください。」

1号車の所では、家族連れなどが列を作っていました。車掌さんの帽子をかぶって、記念撮影ができるそうです。私も記念に1枚、撮影してきました。

それでは70000形ロマンスカー「GSE」の車内を見てみることにしましょう。

「GSE」の一般客室です。従来のロマンスカーに比べて、居住性などが向上していると言われています。見ているだけでゆったり感を感じます。

編成中4号車にある、車椅子スペースです。この部分は、リクライニングシートも1人掛になって、車椅子を接続できるようになっているのが特徴です。

4号車デッキにある、清涼飲料水の自動販売機です。最近では特急ロマンスカーでも車内販売営業休止の列車が多くなったので、有り難い存在です。でも、箱根特急ではやはり車内販売があると便利なものですね。

「GSE」の座席です。リクライニング角度は、従来の50000形「VSE」や60000形「MSE」よりも深めになっており、居住性が増しています。また、現在のニーズに合わせ、各座席に携帯電話充電用のコンセントが設置されているのが特徴です。

7号車の展望席です。定員は16名。従来の50000形「VSE」より窓は広めに作られており、展望の迫力が増してきます。特徴としては、荷物棚を廃止して各号車の車端部に「バゲージスペース(手荷物置き場)」を設置したことがあります。箱根行き特急、ということでインバウンド利用者も多いこの小田急ロマンスカーでは、便利な設備ですね。ちなみに中国語ではこの特急ロマンスカーの事を「浪漫特快」と呼んでいます。

7号車の展望席から見た車内です。展望室以外の客室も、天井の荷物棚がない分窓が広く取られているのが特徴です。これは列車の旅が楽しくなりそうですね!

私たちを乗せた特急ロマンスカー「はこね30号」は定刻に箱根湯本駅を出発しました。この車内では、携帯電話用のコンセントの他にもフリーのWi-fiがあります。外国人は、気に入るとすぐにFacebookやInstagram等のSNSで情報を発信してくれますので、この様なWi-fi機能も今では観光列車では標準装備となっています。これで車内から、リアルタイムの乗車リポートを発信することも出来ますね!

車内エンターテインメント「ロマンスカーリンク」です。お手持ちのスマホやタブレット、ノートPCなどで専用のページにアクセスすると、「GSE」車内限定のエンターテインメントを楽しめます。オーディオサービス、観光ガイド、鉄道ファン必見の小田急電鉄紹介ページ。中でも人気なのが、こちらの画面にもありますように運転席からのリアルタイムの展望画像を楽しめる、という点です。前展望、後展望両方切り替えることが出来、展望席で見るのと同じ風景を見ることが可能です。このサービス、今の飛行機のエンターテインメントサービスも顔負けの充実ぶりですね!

車内販売のロマンスカーアテンダントさんが回ってきましたので、コーヒーをオーダー。ビスケット付きで350円でした。小田急ロマンスカーのコーヒーは、豆からこだわっているので本格的な味わい。コーヒータイムも楽しくなります。これが一昔前でしたら、日東紅茶でした。私にとっては「日東紅茶」と言えば小田急ロマンスカー「走る喫茶室」のイメージがありましたので、ロマンスカーの中でのティータイムは旅への楽しみでもありました。

向ヶ丘遊園駅を通過した辺りで、車掌さんが7号車の展望室へとやってきました。

「間もなくこの列車は、多摩川の鉄橋を渡ります。運が良いと、羽田空港を離発着する飛行機や東京タワー、東京スカイツリーをご覧いただくことが出来ます。」

展望室には他のお客様がいらっしゃったので詳しい風景は見えませんでしたが、確かに彼方に東京スカイツリーらしき塔があるのが見えました。この様にお客様を楽しませよう、という小田急ロマンスカーの乗務員さんのサービス精神には脱帽ものです。

その後、代々木上原駅を通過して車窓左手に新宿新都心のビル街が見えてきた辺りで、間もなく終着駅・新宿に到着する旨告げた、最後の車内放送がありました。それはまた、この70000形ロマンスカー「GSE」に乗りたくさせてくれる様な、心温まる車内放送でした。

新宿駅に到着した70000形ロマンスカー「GSE」です。慌ただしく車内整備が行われ、折り返し「ホームウェイ81号」として片瀬江ノ島まで1往復の旅に出発していきました。

小田急ロマンスカーの運用情報(展望室付き特急のダイヤ)は、小田急電鉄ホームページから確認することが出来ます。皆様も、この楽しい70000形ロマンスカー「GSE」にて、箱根へお出かけになってみてはいかがでしょうか?

【乗り鉄】空港に一番近い「日本最短の私鉄」芝山鉄道


残暑お見舞い申し上げます、「てつきち」です。この夏、皆様はどんな乗り物旅をなさっていますか?

私は先日、成田方面へ小さな旅をしてきました。その時に「日本最短の私鉄」である芝山鉄道を乗り鉄してきました!その時のレポートです。

芝山千代田駅ホームからの風景です。同駅は、単線で1面のみのホームなので、成田空港の貨物地区を一望する事が出来ます。ここは基本では貨物機メインのエリアですが、一部のLCC(格安航空会社)も、ここに駐機して発着することがあります。その時は、第3ターミナルから10分ほど延々とランプバスに揺られてここまで来ることになります。

今年の5月に、成田空港からバニラエアで北海道に行った際、ランプバスから見た芝山鉄道線の線路です。

芝山千代田駅に、京成成田行きの電車がやってきました。日中は40分間隔なのだそうです。全国各地に「空港駅」は数多くありますが、飛行機をこんなにより近く感じることができる駅は、この芝山千代田駅ではないでしょうか。この電車と飛行機のショットは、電車が遠すぎても近すぎても絵にならないので、難しい撮影でした。

この芝山鉄道を走るのは大半が京成電鉄の電車ですが、同電鉄の3500形電車の中で4両1編成が芝山鉄道にリースされて活躍しています。(この写真の編成です)ただ、4両と短い編成なので芝山鉄道線で見る事はあまりなく、金町線や千葉線で「アルバイト運用」しているのをよく見かけます。

ほどなくして、芝山千代田駅を出発して東成田駅へと向かいます。ここが芝山鉄道と京成電鉄の境界駅となります。

東成田駅には、今は使われなくなったプラットホームが残っていました。果たして、何のホームでしょうか?

それは、1991年(平成3年)の空港新線開通まで存在した、旧・成田空港駅の特急「スカイライナー」専用のホームでした。1978年(昭和53年)の空港線開通当時は、この東成田駅が「成田空港」駅を名乗っていたのです。ただ、ターミナルビルまでは距離があったため、成田空港までは連絡バスを利用しての連絡でした。

「成田空港(なりたくうこう)」の文字が残る駅名板です。どれだけ多くの人が、この駅を利用していたでしょうか?最初は連絡バスへの乗り継ぎが必要、という点からリムジンバスに大きく水をあけられていましたが、首都高速の渋滞が慢性化してきたことから、定時運行が確実な鉄道のメリットが活かされ、特急「スカイライナー」の利用者も多くなりました。

その後、国鉄分割民営化により「成田新幹線」計画が破談となり、その予定地を活用した空港新線が1991年(平成3年)に開通し、京成電鉄、JRともターミナルビル地下への乗り入れを果たすと、この旧・成田空港駅も「空港アクセス駅」としての役割を終えて、「東成田」駅と改称されました。今の利用客は、主に成田空港で勤務する人達がメインなのだそうです。

かつては多くの海外旅行者が歩いていた、「東成田」駅の地上への出口です。消された日通の広告の痕が、華やかだった時代を物語っているかのようです。

ちなみに、東成田駅から空港第2ビル駅までは、全長約700mの地下道で繋がっています。

これからも、乗り物の様々な話題を取り上げていきたいと思います。皆様、良い旅を!