【名物駅弁】東海道本線・静岡駅「鯛めし」


皆様、こんばんは。「てつきち」です。関東地方も遂に梅雨入りしたみたいですね。私の地元を走る京王井の頭線沿線には、多くの紫陽花(あじさい)の花が植えられ、目を和ませてくれます。また東松原駅のライトアップ、撮りに行こうかな。

今日も駅弁の話題で、本日ご紹介いたしますのは東海道本線・静岡駅の名物駅弁「鯛めし」です。

この駅弁、何と発売されたのは明治時代なのです!

その歴史を紐解くには、1889年(明治22年)にまで歴史を遡ることになります。この年、静岡駅が開業したのですが同時に市内で大火が発生してしまい、駅近くの市の中心部が殆ど焼けてしまうほどの火事になりました。現在、静岡駅で駅弁を発売している東海軒さんの前身である加藤弁当店の主・加藤滝蔵さんは、自分の店が燃えているのも物とせず、救命・消火活動に身を挺していました。そして呼吸器をやられ、病の床に伏せってしまいます。

加藤弁当店は焼け跡で営業を再開し、奥さんのかくさんが店を切り盛りしていました。出入りの魚屋さんは毎日、「滝蔵さんの見舞いに」とアマダイを数匹置いていきました。しかしこのアマダイという魚は、火を通すと身がボロボロに崩れてしまうので、お弁当の素材としては使用できませんでした。そこでかくさんは、このアマダイを甘く煮つけ、おぼろにして食べていました。

そんなある日のことです。鉄道の高官方が子供連れで滝蔵さんのお見舞いに来ました。しかし、その子供は偏食が激しかったのか、出されたご馳走に一向に箸を付けようとしませんでした。

そこで一計を案じたかくさんは、アマダイのおぼろを乗せたご飯を「たいのご飯だよ」と言って子供に食べさせたところ、子供は大喜びで食べました。これを病床で聞いていた滝蔵さんは、かねてから「子供でも美味しく食べられる駅弁は出来ないか」と考えており、かくさんと調理人の長谷川氏と共に、この鯛のおぼろご飯を何とか駅弁に出来ないか、と試作を重ねました。

滝蔵さんは弁当の完成を待たずに世を去ってしまいますが、かくさんや調理人の長谷川氏らの努力で1896年(明治29年)「鯛めし」が発売を開始しました。茶飯の上に鯛のおぼろ(現在は少し、白身魚が入っています)をのせたこの駅弁はたちまち東海道本線の名物駅弁となり、他の駅でも別の弁当屋さんによって売り出されるようになりました。

さて、静岡駅の東海軒のお弁当と言いますと、かつての東京発大垣行き375M普通電車、通称「大垣夜行」のことを思い出す方も多いのではないでしょうか。下り375M大垣行きは、午前2時前後に静岡駅に到着し、貨物列車の退避のためかなり長時間停車していました。

そこで「べんとー、べんとー!」と、幕の内弁当の立ち売りが行われていました。この「大垣夜行」の到着する時間に合わせてご飯を詰めていたため、あったかい幕の内弁当が食べられたのを今でも覚えています。

今は375M「大垣夜行」も、臨時快速電車「ムーンライトながら」号に変わり、青春18きっぷシーズンのみの運転となったため、深夜の駅弁の立ち売りも無くなりました。

今まで、全国各地の名物駅弁や幕の内駅弁を食べてきた私「てつきち」ですが、幕の内弁当の駅弁で一番美味しかったのは、この静岡駅で食べた幕の内弁当でした。この幕の内弁当のお話もまた、機会を改めてできたらいいなと思います。