【鉄道廃線跡】加越能鉄道加越線・旧井波駅跡にて



皆様、こんばんは。「てつきち」です。今日は鉄道廃線跡で見かけた、珍しい物をご紹介します。

富山県を走っていた、加越能鉄道加越線。北陸本線(現・あいの風とやま鉄道)の石動駅から庄川町駅までを走っていた鉄道線で、1972年(昭和47年)に廃止されました。その内、欄間彫刻で知られた井波の駅舎は、特徴ある造りで今でも地元の物産館として現存しています。

登録有形文化財にも指定されたこの駅舎、現役当時から少し東側に移設されましたが、その面影を十分残しています。

駅舎の反対側へ回ってみました。かつてはここに改札口があったようです。今にもキハ(ディーゼルカー)のエンジン音が聞こえてきそうですね。

そんな駅舎のすぐ隣の自転車置き場の所に、欄間彫刻の町・井波に相応しい鉄道のレリーフが残っていました!そのレリーフを1つ1つご紹介していきたいと思います。

まずは、キハ187号車。1964年(昭和39年)に製造された、加越線では最後の新車でした。加越線廃止後は茨城県の関東鉄道へ移籍し、常総線のキハ721号車として片運転台化やドアの変更などの改造を経て、1989年(平成元年)まで使用されました。

続いて、キハ162号車。1936年(昭和11年)製造で、国鉄から滋賀県の江若鉄道を経て加越能鉄道に移籍した車両です。加越線内では唯一のクロスシート車でしたが、余りにも椅子の幅が狭かったため「お猿の電車」などという、余り有り難くないあだ名まで付けられていた程です。加越線廃止後は茨城県の関東鉄道へ移籍し、常総線のキハ551号車として片運転台化や座席のロングシート化、中間ドアの両開き改造などを経て、1988年(昭和63年)まで使用されていました。

続いてはキハ173号車。こちらは1952年(昭和27年)製造の元・国鉄キハ07形で、同じキハ07形出身のキハ162が貫通化改造されていたのに対し、原形を保ったままで使用されていました。加越線廃止後は茨城県の関東鉄道へ移籍し、常総線のキハ707号車として前面の大改造や片運転台化を行い、1988年(昭和63年)まで使用されていました。

キハ126号車です。1957年(昭和32年)に庄川町車庫が火事に遭い、キハ2両が焼失したためその代替車としてキハ125、126の2両が投入されました。東急車輛製で、同時期に製造された東武鉄道熊谷線のキハ2000系とは兄弟車に当たります。違いは、東武キハ2000系がセミクロスシートなのに対して、このキハ125、126はロングシートであるという点です。

昨日の「かしてつバス」の話題でも少し触れさせていただきましたが、加越線廃止後は茨城県の関東鉄道へ移籍し、鉾田線のキハ431、432号車として活躍しました。この写真で左に見えているのが、キハ431とキハ432の2両です。1979年(昭和54年)に鉾田線が「鹿島鉄道」として分社された後も活躍を続け、途中に塗装の変更やワンマン化などの改造を受けましたが、2007年(平成19年)3月31日の鹿島鉄道線廃止の日まで活躍を続けました。

廃止後のキハ431(加越線時代のキハ125)です。廃止後は暫く、旧・鉾田駅跡に留置されていましたが後に移動され、現在では小美玉市某所にある「鹿島鉄道記念館」(通常は非公開)にて保存、整備されています。

廃止後のキハ432(加越線時代のキハ126)です。廃止後は、小美玉市の「小川南病院」に引き取られ、現在では同病院の老人福祉施設の一部として使用されています。(撮影に当たりましては、事前に病院側の許可を取った上で撮影いたしております)このキハを撮影していた時、施設の窓から利用者様がこちらに向かって手を振っていたのが印象的でした。

加越線で活躍していたディーゼル機関車・DL101号機です。貨物列車の他、お正月には国鉄城端線を経由して高瀬神社へ初詣列車として乗り入れてくる国鉄客車を牽引した、という記録もあります。

加越線開業当時に走っていた、1号蒸気機関車です。

この様に、欄間彫刻の町に相応しい素敵なレリーフが残っていたということからも、地元の人がそれだけ加越能鉄道加越線を愛していた、ということがうかがえます。またこの井波駅舎では、毎週日曜日の11:00~18:00にカフェもオープンし、香り高い珈琲とスイーツを味わう事も出来るようになりました。

お近くを御通りの際には、是非お立ち寄りになられてみてはいかがでしょうか?

懐かしい昭和レトロ!いすみ鉄道「昭和の観光急行列車」(千葉県いすみ市)


いすみ鉄道(千葉県)の「昭和の観光急行列車」です。

JR外房線の大原駅から分かれ、房総半島をほぼ横断するように走り、城下町の大多喜へ。そこから更に進み、終着・上総中野駅で小湊鐵道に接続しているいすみ鉄道。

この鉄道では、土曜・日曜・祝日に、大原駅~上総中野駅(大多喜~上総中野間は普通列車)を走るこの列車、今となっては懐かしい国鉄型キハ(気動車)の2両連結で走ります。この列車には、乗車券の他、大人300円の急行料金が必要となります。

まず、上総中野側につくのは、キハ52-125号車。

かつては大糸北線(南小谷~糸魚川間)で走っていた車両で、JR引退後、このいすみ鉄道にお輿入れ(移籍)となりました。大糸線時代はクリームに紺色の「スカ色塗装」で、いすみ鉄道移籍後にクリームと朱色の「国鉄色塗装」へと変わり、更にこの首都圏塗装(いわゆる「タラコ色」)に変わりました。この車両は「自由席車」で、乗車券と急行券で乗ることが出来ます。

そのキハ52と相方を組むのが、キハ28-2346号車です。

この車両は、もともと急行列車用に開発された、キハ28形・58形のグループで、登場当時は房総各線の夏季輸送にも活躍した、千葉県とは深いご縁のある車両です。最後はJR西日本の高山本線用(猪谷~富山間)で活躍し、この地にやってきました。

車内は高山本線時代にセミクロスシート(デッキ近くの席をボックスからロングシートに改良)改造されましたが、それ以外は国鉄時代の原型をとどめた貴重な車両となっています。この列車は、急行列車として運用の時には乗車券、急行券の他、300円の座席指定券が必要となります。

今となっては懐かしい「昭和レトロ」な列車が2両連結されて走るいすみ鉄道の「昭和の観光急行列車」。車両だけではなく、車内の風景、沿線風景などすべてが「懐かしい」気持ちにさせてくれます。そんな原風景なところが、鉄道ファンの人気を集めているのかもしれません。

この「昭和の観光急行列車」は、一部の便で「レストランキハ・ランチクルーズ」と称し、車内で房総名産の伊勢エビや海の幸をふんだんに使ったイタリアンやお刺身が味わえるグルメ列車としても運行されます。

このグルメ列車のお話は、また機会を改めてご紹介したいと思います。