【これからが必見!】箱根登山鉄道とあじさい(神奈川県箱根町)



皆様、こんばんは。「てつきち」です。毎週月曜日は「てつきちの日」と銘打っておきながら、昨日は更新できずに申し訳ございませんでした。そこで今週と来週は、火曜日にこのページを更新したいと思います。

今週の「てつきち」は、箱根からタイムリーな話題をお届けいたします!箱根と言えば登山電車、登山電車と言えば沿線の紫陽花(あじさい)!今年は例年に比べまして開花が遅いせいか、今頃辺りが紫陽花の見頃といえます。

元々は線路の法面補強の為に植えられた紫陽花ですが、いまでは立派な観光資源になりました。中でも一番のビューポイントは、箱根湯本駅から数えて二段目のスイッチバックがある大平台駅の辺りです。ここには、箱根湯本方向へ向かう線路と強羅方向へ向かう線路と二本あり、その間に紫陽花の群落があります。狭い場所のため、三脚を使用しての撮影には不向きと言えます。

強羅駅へと向かって山を登っていく「ベルニナ」号です。箱根登山鉄道の標準色ですね。赤いボディカラーと赤色の電車がよく映えますね。

箱根湯本駅から山を上がってきた「ベルニナ」号の旧塗装です。登場時はこの様に、小田急ロマンスカーを意識した塗装でした。

箱根湯本駅から1つめの駅・塔ノ沢駅です。箱根湯本方面のホームには紫陽花の花壇や、銭洗弁天があり、観光客の目を楽しませてくれます。

強羅方面のホームにも紫陽花が植えられ、電車がくると丁度いい絵になりますね!特にモハ1形やモハ2形などの旧型電車ですと、思わず「やったー!」と小躍りしたくなります。

塔ノ沢駅ホームの銭洗弁天です。提灯の雰囲気がいい感じですね!

「夜のあじさい電車」に乗ってきました!

箱根登山鉄道では、毎年6月中旬から7月上旬にかけて見頃を迎える「あじさいシーズン」の間、沿線のライトアップをするところがあります。そして、そのライトアップされた紫陽花を電車の中からどうぞ、ということで夜行の座席指定電車「夜のあじさい電車」を箱根湯本発、強羅発それぞれ毎日1便ずつ出します。

今年(2019年)からはネット予約限定となりましたが、私が乗った時はまだ電話予約で、予約の電話もなかなか繋がらず、ようやく繋がったと思ったら、

「箱根湯本発は全便満席になりました。〇月〇日の強羅発ならまだ空いてます」

てな具合の人気でした。また一人客は「ボックス席ではなく、ロングシート部分になるのでご了承ください」とも言われました。

強羅駅で受付を済ませて、予約していた「夜のあじさい電車」へ。発車のベルが鳴ると同時に、カウベルの音がカンカンと。ホームを見ると強羅駅の駅長さんや助役さんが、「夜のあじさい電車、行ってらっしゃい!と書いたボードを持って見送ってくれました。

「夜のあじさい電車」は、ライトアップされた区間を走るのでその時は車内灯が減光または消灯する旨告げられました。主なビューポイントは、彫刻の森駅付近、大平台駅、塔ノ沢駅がいいと車内放送がありました!

ライトアップされた、大平台駅付近の紫陽花です。ここの紫陽花を昼間に撮影してみたい、と思って後日再訪した程でした。

三ヶ所のスイッチバックを経て山を下ってきた「夜のあじさい電車」は、塔ノ沢駅で時間調整と列車交換のため11分間停車します。ここのホームの紫陽花は間近で見ると本当に見事でした!また、車掌さんの制帽を借りてヘッドマークを持って記念撮影も出来、行列が出来ていました。勿論、私も1枚撮影してきました!

終着駅・箱根湯本駅に到着した「夜のあじさい電車」です。この日の担当は、「ベルニナ」号の旧塗装でした。紫陽花と電車は実にいい絵になるな、とうっとりさせられたひと時でした。

「夜のあじさい号」の予約ページはこちらです。(箱根登山鉄道HPより)

また、このページでも既にお知らせしましたが、箱根登山鉄道最後の「吊り掛けモーター車」である、モハ103号車とモハ107号車の通称「サンナナ編成」が7月19日(金)にラストランを迎えます。そこで6月上旬より、オリジナルの装飾が施されて走っていますので、併せて撮影などいかがでしょうか?

混雑が予想されますので、撮影は譲り合いの気持ちを持って皆が気持ちよく撮影出来る環境を作りましょう!

【速報】箱根登山鉄道の最後の「吊り掛け式車両」が引退へ!



皆様こんばんは、「てつきち」です。このページもようやくペースが掴めたのか、定期的に書くことが出来る様になりました。

今日の話題は、神奈川県の箱根登山鉄道から。箱根湯本までは小田急の車両が走っていますが、箱根湯本から先は線路の幅も電圧も違うので、専用の登山電車になります。古くから活躍してきた登山電車も最近では世代交代が進んでおりますが、今年2019年(令和元年)夏ごろには、箱根登山鉄道最後の「吊り掛け式モーター」車である103=107号編成、通称「サンナナ編成」(右の方の編成)が引退になるそうです。

今年1月2日、母校の箱根駅伝応援の帰り、強羅駅でこの「サンナナ編成」に遭遇しましたこれは乗らねば!と電車1本遅らせて乗車することにしました。

その「サンナナ編成」が、強羅駅に入線してくる所を動画で撮影してみました。

乗車すると、パンタグラフの下である運転台後ろの席を早速キープ。この強羅駅から箱根湯本駅まで、吊り掛け式モーターの力強い音に癒されて帰ろうと思います!

時代を感じさせる運転台です。今のハイテクな電車とは違い、運転士さんの運転技術とテクニックが物をいう運転台です。

列車は2両固定編成となっています。ただ連結面の通路は非常時用のみとなっており、一般の乗客は行き来出来ないようになっています。

運転台右手にあるハンドブレーキです。これまた時代を感じさせてくれますね!

強羅駅を発車し、力強い吊り掛けモーターの音を響かせて「サンナナ編成」は箱根の山を下っていきます。

ハンドブレーキ越しに撮影してみました。次は大平台、スイッチバック駅です。反対側のホームでは、強羅行きの「ベルニナ」号が発車をまっていました。

強羅駅から箱根湯本駅までの間には、3回のスイッチバックが続きます。そして塔ノ沢駅では、「金太郎」の腹掛け塗装となっている108号車とすれ違いました。

箱根湯本駅に到着した、「サンナナ編成」です。この後も強羅へ向けて、慌ただしく走っていきました。

その「サンナナ編成」発車シーンを、動画で是非どうぞ!

この「サンナナ編成」の引退という事で、夏ぐらいには様々なイベントが開催されるそうです。詳しくは箱根登山鉄道ホームページをご参照ください。

【懐かしの1枚】1996年(平成8年)の名鉄・犬山遊園駅


皆様、こんばんは。「てつきち」です。今日の東京は、寒い1日でした。

今日も懐かしの1枚からお送りします。1996年(平成8年)の春に、名鉄犬山線・犬山公園駅で撮影した1枚です。この時は、犬山線から各務原線経由で新岐阜(現在の名鉄岐阜)行きの7300系電車と、名鉄犬山モノレール(2008年12月に全線廃止)が並んだ姿が撮れました。

この名鉄7300系電車は、名鉄特急のネットワークを支線網にも広げよう、という目的で1971年(昭和46年)に旧型電車(3800系29両・800形1両)の機器を流用し、車体を更新して製造された特急電車です。

座席指定特急運用に使用するため、冷房装置の他、「座席指定」表示器と「どけよホーン(ミュージックホーン)も設置されましたが、駆動装置は吊り掛け式モーターの旧型でした。1972年(昭和47年)には、三河線の碧南駅から犬山を経由して上飯田駅へ向かう座席指定特急「明治村」号として使用されました。(犬山~上飯田間の小牧線内は普通列車扱いでした)

車内は特急用という事で、ゆったりとした転換式クロスシート(戸袋窓部はロングシート)が並び、7000系「パノラマカー」にも引けを取らない車内設備でした。車体は「パノラマカー」とほぼ同一でしたが、貫通式で展望席がない事や、吊り掛け式駆動であることから「ニセパノラマカー」等という有り難くないあだ名まで付けられていました。

名鉄時代は三河線を中心に、小牧線や各務原線、広見線などで多く使用されており、急行電車などで力強いモーター音を響かせて走っていました。1997年(平成9年)4月13日のさようなら運転を最後に名鉄での活躍を終了し、系列の豊橋鉄道渥美線へと転属しました。

豊橋鉄道では「観光電車」という事で塗装の変更が行われ、主に伊良湖岬方面への観光輸送として活躍しましたが、2扉電車であるという事がネックとなってしまいました。特に朝夕の通勤ラッシュ時間帯には、扉が2つしかないためお客様が集中し、列車遅延やダイヤの乱れが発生する事態が頻発しました。そしてわずか3年程で、元・東急の7200系電車が「1800系」として入線すると全車引退となり、廃車されました。

左に写っています「名鉄犬山モノレール」は、日本モンキーパークへのアクセス手段として、ゴムタイヤでコンクリート製のレール上を走行する「日立アルウェーグ式」による「日本初の跨座式モノレール」として1962年(昭和37年)3月21日に開業したものです。このモノレールは、後に開業した「東京モノレール」の礎にもなったモノレールであり、「東京モノレール」が浜松町~羽田間で開業した際には、技術指導、ということで名鉄の社員が数名出向で行った程です。

長らく日本モンキーパークや、成田山名古屋別院大聖寺へのアクセス鉄道として親しまれてきたこのモノレールでしたが、レジャーの多様化とニーズの変化により乗降者数は落ち込んでいきました。そのため、2008年(平成20年)12月18日、惜しまれつつも全線廃止となりました。

廃止後は、3両編成の車両のうち2両が旧「動物園」駅跡で展示保存され、外から見る事が出来ます。(中に入ることはできません)1両は、岐阜県可児市にある温泉施設「スパリゾート湯の華アイランド」にて、展望台として保存されています。

これからも「乗り物」にこだわった、楽しい画像や話題、懐かしい画像をどんどんお届けしていきたいと思います!

からっ風に吹かれながら走る「日本最古の電車」デハ101!(群馬県前橋市・桐生市)


群馬県前橋市の中心部・中央前橋駅と、桐生市の西桐生駅の間25.4kmを結んで走る私鉄・上毛電気鉄道。そこには「生きた化石」とも言うべき、日本最古の電車が今でもイベント用で走っています。

その電車の名前は「デハ101」号車。「日本最古の電車」に相応しくチョコレート色に塗られており、その風格は抜群です。この電車が誕生したのが1928年(昭和3年)の上毛電気鉄道開業の時であるから、まもなく御年80歳を迎えることになります。

大胡電車庫にて撮影した、上毛電気鉄道デハ101号電車です。こちらは西桐生寄りの前面で正面3枚窓の非貫通式になっています。「貸切」のヘッドマークがカッコいいですね!

同じく大胡電車庫で撮影したデハ101号電車の中央前橋寄りの前面です。こちらは貫通扉があるのが特徴です。「群馬県近代化遺産 デハ101のヘッドマークが付いていました。

このシリーズの電車は合計6両が製造され、長年にわたって上毛電鉄の主役として活躍してきましたが、老朽化により仲間は引退したり、車体の更新改造を受けたりしてきました。

その中でデハ101と104は、当時走っていた貨物列車や工事用の列車を牽引する「電気機関車」としての役割をも果たし、平成の時代にまで現役として活躍してきたのです。

デハ104号車は1997年(平成9年)に長期休車の後に廃車となりましたが、幸運にも解体は免れて、現在では大胡電車庫の中に静態保存されています。塗装は、かつての上毛電気鉄道標準色の「カラシ色」に塗られています。年に数回の車庫イベントの時には、車内も公開されます。

デハ101号車は何回か塗装変更はありましたものの、登場時の姿そのままで活躍し、塗装も製造当時の「チョコレート色」一色に復元され、工事用列車の機関車や、イベント列車として活躍し、現在に至っています。またその歴史が認められ、現在では「群馬県近代化遺産」にも登録されているほど。

デハ101に乗ってきました!

そのデハ101号電車に、機会があって乗る事が出来ました。出発駅となる大胡駅に集合し、電車を待ちます。

上毛電気鉄道・大胡駅です。ここには駅の他、電車庫や変電所もあり、いわば「上毛電鉄の中枢駅」です。この駅舎は、電車庫や変電所などと共に「国の登録有形文化財」として登録されているほどです。これだけでいい被写体になりますね。

やがて「ウイ~ン」と吊り掛けモーター独特の重厚音を響かせて、デハ101号電車がやってきました。

現在の上毛電鉄の主戦力である700型電車(元・京王井の頭線3000系)と並んだデハ101号電車です。まるで「おじいちゃんと孫が語らっている」様な姿ですね。

ドアが開き、車内に案内されました。

「うわー、こりゃすごいや!」

「これぞ、レトロ電車!」

一緒に乗った人が、思わず声を上げた程でした。その車内はニス塗りで復元されており、つり革も木製という当時ならではのこだわりです。このレトロさ、今の鉄道車両では真似するのが難しい位の出来ですね。

また車内の吊り広告も、昭和時代に出されていたと思わせるものが再現されていました。

「神戸 川崎車輌会社 昭和参年」の文字が輝く製造銘板です。このデハ101号電車は、日本国内で「現役として動く鉄道車両」の中では日本最古の部類に入ります。

ドアが閉まり、いよいよ出発進行です!運転台の機器も今とは違ってアナログなため、電車の運行に当たっては、運転士の経験と勘がものをいう電車です。

速度が上がっていきますと、吊り掛けモーターの唸る音も最高潮になり、鉄道ファンにとっては最高の雰囲気になります。モーターの振動が床下から伝わってきて、足がしびれる程ですが、このモーターの唸りこそが、鉄道ファンの心を魅してやまないのです。

「この電車のモーター音、ガキの頃に乗った電車そのものだよ!」

乗り合わせた、50代ぐらいの男性の方がそうおっしゃっていました。確かに今、このような吊り掛けモーターの音は、路面電車でもなかなか聞くことが出来なくなっています。関東地方で吊り掛けモーターの電車が現役で走っているのは、ここ上毛電鉄以外では都電荒川線の7000形、江ノ電の1000形電車位になってしまいました。

桐生市側の終着駅・西桐生駅です。JR両毛線の桐生駅までは徒歩5分の道のりです。この伝統ある駅舎は、上毛電鉄開業当時からの駅舎で「関東の駅百選」にも指定されたほどです。駅前にはコンビニ(セブンイレブン)があるので、車内で飲むドリンクを買う時などには便利です。

沿線では、どこかでこの電車の運行情報を聞きつけたファンや、沿線の住人たちが、カメラやスマホを向けていました。そのファン達に手を振るかのように、デハ101号電車は吊り掛けモーターの強い唸りを響かせて、からっ風の吹く赤城平野を走っていました。

デハ101号電車を貸し切る事が出来ます!
このデハ101号電車は、工事用列車、イベント列車などの他、グループや個人で貸し切ることも出来ます。コースは、車庫のある大胡駅~中央前橋駅~西桐生駅~大胡駅というコース(大胡駅~西桐生駅~中央前橋駅~大胡駅というコースも可能)で、1乗車100,000円です。

ただ乗って、モーター音を鑑賞するのも良し、車内で生ビールを味わう「ビール電車」として走らせるのも良し、など、方法はさまざまです。

この電車を貸切で運行しますと、特製の記念乗車証がプレゼントされる他、国の「登録有形文化財」に登録されている大胡電車庫の見学も出来ます。

こちらが大胡電車庫です。700型電車と、デキ3021号電気機関車が並んでいます。この風景、鉄道模型のレイアウトとして再現したくなりますね!

[貸切列車連絡先]総務部 貸切担当 TEL:027-231-3597

また、事前の予約が必要であるが、大胡電車庫の見学のみも出来ます。

[車庫見学連絡先]上毛電気鉄道本社 TEL:027-231-3597

イベント列車の運行情報などは・・・・

上毛電鉄ホームページ

電車とバスの博物館の運転シミュレーターで遊ぶには?(神奈川県川崎市宮前区)


東急田園都市線・宮崎台駅から徒歩1分。駅に隣接した高架下にあるのが、「電車とバスの博物館」です。
1982年(昭和57年)、東京急行電鉄が会社創立60周年を記念して、田園都市線・高津駅のガード下にオープンしたのがその始まりでした。その当時は、入場料が大人・子供ともに何と「10円」でした!

その後、展示物の充実化や、宮崎台駅への移転など大幅なリニューアルが行われ、今年(2016年)2月にリニューアルオープンしました。館内は以前よりも充実した内容になった、と口コミで聞いたので、どんなものかな、とワクワクしながら行ってまいりました。

こちらは「パノラマシアター」です。東京急行電鉄(東急)の歴史をパネルや模型で紹介しています。またHOゲージの鉄道模型が、鉄道音楽の第一人者・向谷実氏のオリジナル楽曲に合わせて、広いレイアウトの中を走るのは見ものです。また、その前にはNゲージ鉄道模型のレイアウト「Nゲージパーク」があり、自分の鉄道模型車両を持ち込んで走らせることもできます。

「東急コレクション~旧高津駅~」です。ここには昭和30年代の田園都市線・高津駅の駅舎が再現されています。ここには鉄道雑誌のバックナンバーが置いてあり、自由に読むことが出来ます。(貸し出しは行っていません)

復元された、旧・高津駅の普通運賃表です。お隣の「二子新地」駅が「二子新地前」駅になっていたり、「二子玉川園」駅から「砧本村」駅までの砧線(昭和44年5月10日廃止)があったり、東横線の終着駅が「桜木町」駅になっていたりと、細かいところまで再現されています。

同じく復元された、旧・高津駅の定期運賃表です。今となっては、貴重な鉄道財産ですね。

こちらは「デハ3456号車カットボディ」です。戦前に登場し、長らく東急で活躍したデハ3450形電車のカットボディで、運転台とモーターのセットとなっています。

これが、デハ3450形電車で実際に使用されていたモーターの実物です。運転席のマスコンハンドルを回せば、懐かしい「吊り掛けモーター」の音とともにモーターが作動し、ブレーキハンドルを回すと、実際にブレーキがかかるようになっています。どの様に電車が動くのか、遊びながら学ぶ事が出来る「生きた教材」と言えますね!

8090系電車のシミュレーターです。こちらはリニューアル後の最大の目玉施設と言っていいでしょう。かつて東急東横線の花形として走っていた8090系電車の運転台部分が再現され、田園都市線・大井町線・東横線の中から好きな路線をチョイスし、運転台体験をすることが出来ます。

こちらのシミュレーターを利用するには、1回300円の整理券が必要となっています。整理券は、開館後からこの電車の前の発行機で発券しています。尚、日曜祝日や学校の休みの時などの多客時には、整理券が早くなくなることもあるのでご注意ください。

東急玉川線(玉電)デハ204号電車です。1969年(昭和44年)5月に廃止された東急玉川線(渋谷~二子玉川園間の路面電車)で活躍していた連接車です。その丸っこい形と塗装の塗り分けから、「いもむし」「タルゴ」「たまご」などの様々な愛称がありましたが、一番知られていた愛称は、不二家の宣伝人形に似ていたことから「ペコちゃん」でした。休憩スペースとなっており、車内でお弁当を広げることもできます。

路線バス「日野RB10」です。昭和40年代の「ワンマンバス化」時代の路線バスで、方向幕の作動体験や車内放送装置体験、後部ドア開閉体験ができます。また床は透明で、バスの構造をリアルに学ぶことができるのが特徴です。

「東急コーチバス」で使われていた「三菱ふそうB623B」です。1975年(昭和50年)より運行を開始された「東急コーチバス」の初代車両で、乗客の要望に応じて迂回ルートを走ったり、停留所以外の所で降車を取り扱う「デマンドバス」の先駆けとして運行していました。

運転席はシミュレーターとなっており、運転体験のあとは点数が出るようになっています。これは楽しいですね!尚、このシミュレーターは整理券不要の先着順で楽しむ事が出来ます。(区間ごとの交代制となっています)

車内にあった「行先案内」の電光掲示です。迂回ルートのバス停(コールボックス)でボタンを押すと、その情報が運転席に伝わり、そのバスは迂回ルートを走るようになっていました。

「東急コーチバス」の車内です。観光バスの様に、乗降用扉が前1枚だけの「トップドアー車」で、シートも普通の路線バスとは違った豪華なつくりのハイバックシートになっていました。この博物館に安住の地を見つけてからは、「未来のバス運転士さん」達へ夢を与える第二の人生を送っています。

本館から少し離れた別館「キッズワールド」にある「モハ510形」電車です。戦前から東京横浜電鉄(現在の東横線の前身)で活躍していた電車で、現在は車内も公開されています。

「モハ510形」電車の車内です。ニス塗りで、木目調を活かしたデザインなど、今の時代にも十分通用するデザインですね。こんなタイプの「レトロ電車」が今走ったら、きっと大人気でしょうね!

別館「キッズワールド」に行くと、電車とバスの他にも更に、日本初の国産旅客機・YS-11の操縦席部分が展示されています。

このYS-11型旅客機は、かつて東急グループだった「東亜国内航空」(後の日本エアシステム)にて、「なると」号の名称で飛んでいたものです。

かつては操縦席シミュレーターとして営業していましたが、現在は営業を休止しているのが残念です。今では飛行機もハイテク時代になりましたが、ひと時代前の飛行機の操縦席のことを学べる貴重な資料です。

別館「キッズワールド」には他にもママ鉄さん、子鉄くん必見の、自由にプラレールで遊ぶことが出来る空間「プラレールパーク」(30分ごとの入れ替えで、要整理券。尚、プラレール車両の持ち込みは不可)やお子様向けシミュレーター「キッズ・シミュレーター」など、見逃せない施設が多数あります。尚、別館「キッズワールド」は、本館の入場券でそのまま入館できます。

【施設データ】

◆所在地 神奈川県川崎市宮前区宮崎2-10-12

◆電話番号 044-861-6787

◆営業時間 10:00~16:30(最終入場は16:00まで)

◆入館料 大人(高校生以上)200円、子供(3歳~中学生)100円

◆8090系運転シミュレーター 1回300円

◆Nゲージレイアウト 10分100円

◆休館日 毎週木曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始

※尚、駐車場の設備がありませんので、電車またはバスでのご来館をお勧めします。

電車とバスの博物館ホームページ