【富山で再会!】富山地方鉄道「アルプスエキスプレス」に乗ったぞ!


皆様、こんばんは。「てつきち」です。またまた、前回の更新から日が開いてしまいました。今回は、4月に行った富山の旅からひとつ。

立山駅で、次の電鉄富山行き列車は特急「立山」号。しかも観光列車「アルプスエキスプレス」使用!それを聞いて、すかさず2号車の指定席を確保しました。

この観光列車「アルプスエキスプレス」は、かつての西武特急「レッドアロー」を移籍させたもので、1編成のみ水戸岡鋭治氏のデザインによりこの様にされました。

特にリニューアルが施されたのが、座席指定車両である2号車で、ラウンジ仕様になったようです。どんな車内か、ワクワクしてきますね!

「特別車両」ということで、2号車の入口には暖簾がかかっていました。水戸岡氏の手掛ける全国各地の観光列車ではお馴染みのデザインですね!

車内の富山地方鉄道全線路線図も、この様な遊び心一杯のデザインになっていました。

車端部のファミリーシートです。4名定員で、家族連れにはちょうどいいですね!

車内に設けられたサービスカウンターです。「有料特急列車」としてこの編成が使用される場合は専任のアテンダントが乗務して、車窓案内やドリンク類、グッズの販売を行います。(冬季は営業休止)

サービスカウンター付近の座席です。山向きの座席はこの様に、座席に向かってカウンターがあり、1人掛の椅子が並んでいます。

車内の中央部には、ライブラリーコーナーがあります。鉄道や山の本、絵本、沿線の鉄道写真家が撮影した地鉄電車のアルバムなど、旅の読書タイムには楽しいコーナーです。

3号車の車内です。西武特急「レッドアロー」時代のリクライニングシートがそのまま活用され、シートモケットを張り替えて「豪華さ」を出しています。

これが3号車のリクライニングシートです。有料特急には相応しいつくりですね!

先頭車の車端部にあったキッズカウンターです。これならお子様も、堂々と窓の外を見ることが出来ますね。

ちなみにこちらが1号車です。3号車とは座席のモケットが違いますね。「有料特急列車」として走る場合、中間車の2号車が指定席、1号車と3号車が自由席になります。尚、富山地方鉄道の特急電車は、乗車の際には乗車券の他に別途、大人200円の特急券が必要となります。また、2号車の指定席は、空席がある場合は車内のサービスカウンターでも販売しています。

電鉄富山行き特急「立山」号は、定刻に立山駅を発車しました。発車するとすぐ、アテンダントさんが車内検札にやって来て、指定券の拝見を求められました。

富山地方鉄道の立山線は山岳区間を走る路線だけあって、川の渓谷美や緑が目を楽しませてくれます。車内販売で買った200円のコーヒーも、より味わい深く感じるほどです。

西武鉄道時代は、秩父の山々へ向かう観光客や登山者を乗せて走っていた特急「レッドアロー」。池袋~西武秩父間の「ちちぶ」号、池袋~所沢・飯能間の「むさし」号の他、デビュー当時は毎週金曜日の深夜に運転された夜行特急「こぶし」号というのもありました。これは秩父の山々の一つ・甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)から名前を取り、金曜の深夜に池袋駅を出発して西武秩父駅へと向かいました。到着後は車内で仮眠ができ、早朝の登山バスに接続する、というダイヤでした。

後に新宿線系統でも西武新宿~西武秩父間に、休日限定ではありますが「おくちちぶ」号が走り、秩父への足として、そして通勤ライナーとしてこの特急「レッドアロー」は走ってきたのです。

私が初めてこの特急「レッドアロー」に乗ったのは、1993年(平成5年)の大晦日、秩父に当時あったユースホステルの年越しパーティーに行くため、所沢から西武秩父まで乗ったのが最初です。奇しくもこの日は、西武特急での車内販売営業が最終日で、「本日をもちまして、西武特急レッドアロー車内での車内販売を終了させていただきます。」と車内放送が流れたのを覚えています。

5000系特急「レッドアロー」の後継車として、まず新宿線系統「小江戸」(西武新宿~本川越間)デビューした10000系特急「ニューレッドアロー」では、車内販売の代わりに先頭車にジュース類の自動販売機が設置されました。またカード式公衆電話も設置されましたが、携帯電話の普及によりこちらは現在、撤去されました。

西武特急も新型特急車「ラビュー」のデビューにより、10000系特急「ニューレッドアロー」が秩父線系統から離脱する日も近くなりました。編成の中には「レッドアロークラシック」題して、この5000系初代「レッドアロー」が纏っていた、赤とクリームの塗装を復刻したものもあります。

秩父の山から、北アルプスの立山へ。この5000系初代「レッドアロー」は、山に縁が深い特急列車なんですね!

そんな事を考えているうちに特急「立山」号は、終着駅・電鉄富山駅へと到着しました。乗車時間は約1時間弱。ちょっと物足りないかな、という感じもしました。次回は乗車時間の割合長い、「アルペン特急」(立山~寺田~宇奈月温泉間)で乗ってみたいものです。

【惜別】富山地方鉄道14720形と10020形が引退へ!



皆様、こんにちは。「てつきち」です。毎週月曜日は「てつきちの日」。今日も乗り物の話題をお届けしたいと思います。

今日の話題は富山から。富山県富山市を中心に走る富山地方鉄道でこの度、長年にわたり活躍してきた14720形と10020形が、今年いっぱいで引退することになりました。10020形が今月いっぱい、14720形が12月だそうです。そこで富山地方鉄道では、様々なイベントを企画しています。

今回引退する14720形電車は、1962年(昭和37年)に3両固定編成で登場し、後に中間車をクハ(制御車)改造したのと同時に、クハを2両増備して2両固定編成2本として構成した車両です。観光用ということで、扉間はゆったりした転換式クロスシート、両端部はロングシート、という構成で主に急行電車用として使用されました。

一方10020形電車は、1961年(昭和36年)に第1編成が3両固定編成で登場し、中間車をクハ(制御車)改造して2両固定編成となり、3編成が活躍しました。こちらは主に特急運用で使用され、編成の中にはマイクオルゴールやミュージックホーンを備えた編成もありました。

いずれの電車も老朽化が進み、他社からの移籍車両が活躍するようになると活躍の場が狭まって廃車となりました。また14720形の1編成は不幸にも立山駅で火災に遭い、そのまま廃車となりました。

それでも、富山地方鉄道の近代化に一役買い、一時代を飾ったこの2形式の電車は文字通り、特急電車から急行、各停と幅広く運用され、観光客や沿線住民の足となって活躍したその栄光の軌跡は大きなものがあります。

今回撮影した画像は、2013年(平成25年)に電鉄富山駅で撮影したもので、この時は富山地方鉄道一番の最古参車両でした。この2編成の引退に伴い、富山地方鉄道では各種イベントを開催するそうです。詳しくは、富山地方鉄道ホームページをご参照ください。

また富山地方鉄道のアテンダントさんのブログでも、この話題が出ております。

※尚、鉄道会社への電話等による運用ダイヤの問い合わせは、現業の皆様に支障を与えますのでご遠慮くださいます様、よろしくお願いいたします。

【鉄道ファン必見!】富山にある鉄道ファン垂涎の喫茶店!(富山県富山市)



皆様、こんばんは。「てつきち」です。毎週月曜日は、「てつきち」の日。今週も、乗り物の話題をお届けします。

先週は、富山新港の県営渡船と富山地方鉄道射水線の廃線跡のお話をしましたが、今週はその後で行った「鉄道ファン必見!の喫茶店」の話題をお届けいたします。

新港東口から乗った富山地鉄バスを「安野屋町」で下車し、歩く事2分。お目当ての店がありました!

その名も、珈琲駅「ブルートレイン」!外観からして、ワクワクしてきますね。

ショーケースのところに、模型がたくさん!鉄道ファンにとっては嬉しい光景ですね。左手には、グリーン車マークもきちんとあります。

店内に入ってみると、これまたびっくり!

まずはカウンター席から。鉄道ファンのご主人が、長年に渡って収集・製作したHOゲージの鉄道模型が店内をぐるりと一周走り回っています。それを眺めながら飲むコーヒーは、まるでビュッフェ車で飲んでいるような感じにさせてくれます!

ボックス席もご主人のオリジナル。ご主人曰く「オリエント急行の座席」をイメージして造ったとの事です。

模型の中には、北は北海道から南は九州まで全国の路面電車を集めたコーナーがありました。その中には、既に廃止されている路線の車両や、かつて富山の町を走っていた古い電車の模型もあります。最初見た時は事務的そうに見えたご主人でしたが、「今日、射水線の廃線跡を回ってきたのですよ」話を振ると、まるで堰を切った様に富山県の鉄道の話を色々としてくれました。

「富山から高岡行く直通電車は、西町から出ていたんですよ。そこから新富山まで市内線、新富山から射水線と入ってね。」

現代の話の他、今は廃止されてしまった路線の話も出て、ご主人の話も興味深く楽しめました。

肝心の珈琲の味は、豆からこだわって淹れているので、濃厚な味。是非ともブラックで味わいたい香りとコクでした。

特にボックス席で、走っている模型を眺めながらコーヒーを飲んでいると、まるで食堂車にてお茶しているような感じにもなります。

富山地方鉄道の模型のコーナーもありました。マルーンにベージュ色、というかつての急行型車両がまとっていた塗装は初めて見ました。今でもリバイバルカラーとして復活してもらいたいものですね!

ここには出ていませんが、元・京阪特急の10030形や、元・西武レッドアローの16010形の模型もちゃんとあり、さすがは富山県の、いや全国の鉄道ファンを釘付けにするお店だなぁ、と思いました。この雰囲気、どことなく東京は祐天寺にある鉄道カレーの名店「ナイアガラ」にも似ていますね!東の「ナイアガラ」に、西の「ブルートレイン」といったところでしょう。

富山の路面電車めぐり、鉄道旅のお供にこちらのお店へ是非いかがでしょうか?

【何と乗船無料!】県営渡船と鉄道廃線跡をめぐる!(富山県射水市)




皆様、こんばんは。「てつきち」です。毎週月曜日は「てつきち」の日。今日も楽しい乗り物の話題をお届けしたいと思います。

今日の話題は、渡し船の話題を富山県射水市からお送りします!

高岡駅から万葉線電車に乗り、終点の越ノ潟駅で下車。この越ノ潟駅は富山新港の西側にあり、駅を降りるとすぐ富山県営渡船の待合室があります。朝夕の通勤通学時間帯は15分間隔、それ以外は30分間隔で朝から夜まで、越ノ潟と対岸(富山新港東側)の堀岡の間を結んでいます。

定員80名の小さな船2隻が旅客と自転車を搭載して進む、所要時間4分の小さな船旅です。「ふるさと」のオルゴールが鳴り始めると、乗船改札の始まりです!

こちらがその船室内です。かつては地元民以外は有料でしたが、1986年(昭和61年)に完全無料化されました。乗ったかなと思うと、すぐに到着する。なぜこの様な渡船が存在するのでしょうか?

それはかつてこの地を走っていた鉄道線の事が関係してくるのです。

かつて富山地方鉄道では、新富山~新湊間の「射水線」と地鉄高岡~伏木港間の「高伏線」(現在の万葉線の一部)を有していました。

国鉄新湊線の旅客営業が廃止されたのをきっかけに、「高伏線」米島口から新湊(現在の万葉線「六渡寺」駅)まで新線を敷き、「射水線」と繋いで、富山から高岡までの直通運転を開始しました。この富山~高岡間直通電車は、富山市内線の「西町」電停を始発駅にして富山駅前を経由し、射水線と高伏線を通って地鉄高岡駅(現在の万葉線「高岡駅」まで運転されていました。

後に市内線への直通は廃止となり、高岡行きの直通電車は射水線の始発駅・新富山から発車するようになりました。高岡駅から新湊駅の間は1959年(昭和34年)「加越能鉄道」に移管されましたが、直通運転は続けられました。

しかし1965年(昭和40年)、放生津潟を活用した「富山新港」の建設計画が浮上しました。これに伴い、潟の出口にあった射水線の鉄橋がネックとなり、射水線の堀岡駅~越ノ潟駅間が廃止されて路線は分断されました。同時に越ノ潟駅~新湊駅間も「高岡市内の交通機関の一元化」を理由に加越能鉄道に移管されました。

そして射水線は新富山駅と、堀岡渡船場前に新設された「新港東口」駅間を結ぶ路線となりました。新港東口駅と越ノ潟駅の間は、24時間運航の県営渡船が連絡するようになります。いわばこれも「鉄道連絡船」の範疇に入れてもいい航路ですね!

ところが富山の町から新湊へ出るには「船に一度乗り換えなければならない」という手間があって、射水線の乗客数は激減。富山駅前乗り入れなどの方策をあれこれ採用しましたが時は既に遅しで、結果的には1980年(昭和55年)3月31日限りで、富山地方鉄道射水線は全線廃止されました。また加越能鉄道の伏木線(米島口~伏木港間)も、モータリゼーションの発達で利用者が減り、1971年(昭和46年)に廃止されました。

その当時走っていた、加越能鉄道デ5022号車です。この電車は1950年(昭和25年)の日立製作所製で、富山~高岡間の直通運転に使用されていました。1971年(昭和46年)の伏木線廃止の際、除雪用となったこのデ5022号車を除き、廃車となりました。除雪用としての役目を終えた後、現在は万葉線「新吉久」電停前の広場に静態保存されています。

県営渡船も、新湊大橋の開通などによって利用者数が激減し、現在は1日69便が運航されています。この写真は、船の中から新湊大橋と越ノ潟渡船場を撮影したものです。この新湊大橋は、日中は歩いて渡ることも出来るので、次回の訪問の際には是非、歩いて見たいものです。あとは新湊で、富山湾の美味しい魚も食べたいな!

県営渡船の堀岡渡船場です。ここからはバスで、小杉駅や富山駅へと抜けることが出来ます。

渡船場前から続いていたサイクリングロードです。おそらくこの辺りが、射水線の分断後の終点・新港東口駅の跡ではないかと思われます。

時刻表を見ると、富山大学前を経て富山駅に至るバスが丁度あるようです。言わば「射水線の廃止代替バス」のようですね。

「すみません、これは射水線の跡を走るバスですか?」と運転士さんに聞いてみましたが、若い運転士さんは、

「申し訳ございません、分かりません。」という回答でした。確かに射水線が廃止されたのは、1980年(昭和55年)の事でしたから今から40年前の話。もう射水線の事を知る人も少ないだろう、と思いました。

私とあと1人の乗客を乗せて、バスは新港東口から富山駅を目指します。

走っていると、車窓右手にさっきのサイクリングロードが見えてきました。これは間違いなく、富山地方鉄道射水線の廃線跡でした!かつてはこの路に鉄路が敷かれ、小さな電車が1~2両でのんびりと走っていたものでした。

今は堤防に囲まれて海岸線を見る事は出来なくなりましたが、途中の打出浜はかつては県内有数の海水浴場の一つで、射水線の前身である「越中電気軌道」が海水浴場を開発し、夏の時期には誘客に努めていたそうです。

「鯰温泉口」の辺りでバスは廃線跡とお別れして、富山の市街地へと入っていきます。親孝行息子と鯰の秘話で知られている「鯰温泉」は今でもビジネス旅館として、そして地元の人に愛される日帰り温泉として盛業しています。そう言えば射水線の駅にも「鯰鉱泉前」という名の駅があったのを思い出しました。

しばらく走っているうちに、バスは富山大学の近くへとやって来ました。ここからは富山市内を走る「富山市内線」の路面電車も出ています。

路面電車に乗ると、大学前の次は「富山トヨペット本社前(五福末広町)電停に着きます。ここが実は、かつての射水線の富山方のターミナル・新富山駅だったのです!射水線廃止後、電停の名前は「新富山駅前」から「新富山」に変わりましたが、2015年(平成27年)に現在の名前に変わりました。また1986年(昭和61年)まで、射水線時代の駅舎がそのまま残っていたようです。

ここで神通川にかかる富山大橋を渡ります。ここでは天気がいいと、立山連峰の山々をバックに路面電車の撮影をする事が出来るようです!次回富山来訪の折には、是非来てみたいところです!

こうなりますと、富山では「鉄道ファンの聖地の喫茶店」に行ってみたいものです!そこで次の「安野屋」バス停で、バスを降りる事にしました。

次回の「てつきち」では、その「鉄道ファンの聖地の喫茶店」のお話をしたいと思います。来週もどうぞお楽しみに!

【お子様必見!】ドラえもんが電車に!楽しい万葉線の旅(富山県高岡市、射水市)




皆様、こんばんは。「てつきち」です。1週間のご無沙汰でした。さて、富山県の鉄旅の中から今日も一つお届けしましょうか。

今日の話題は高岡市と射水市を結ぶ「万葉線」のお話です。高岡の駅前を出て、港町・新湊を経て越ノ潟駅までを結ぶ路線で、高岡軌道線(高岡駅~六渡寺間)と新湊港線(六渡寺~越ノ潟間)の二つの路線を総称して言います。

その万葉線で、子供たちがわっと喜びそうな電車が走っています!

その名も「ドラえもんトラム」!万葉線の電車は赤色がメインですが、この「ドラえもんトラム」はドラえもんに因んで、全体がブルー。更に乗降用ドアは「どこでもドア」を、正面はドラえもんの顔をそれぞれイメージして塗装されています。

2016年の8月に撮影した時のものです。ちょうど「高岡七夕祭り」が開催されていて、七夕飾りの中を電車が進んでいました。

ではなぜ、万葉線で「ドラえもんトラム」なのでしょうか?

それはドラえもんの生みの親(原作者)である藤子・F・不二雄(故・藤本弘氏)が高岡のご出身だからです。高岡市立定塚小学校5年生の時、氷見から転校してきた藤子不二雄A(安孫子素雄氏)と知り合い、それから「藤子不二雄」という名のコンビで作品を次々と発表してきたのです。以前このページで、藤子不二雄A(安孫子素雄氏)が氷見市ご出身ということで「忍者ハットリくん列車」が走っている、というお話をしましたが、藤本氏の代表作であり、今でもTVアニメや映画が続いている「ドラえもん」をモチーフとしたこの「ドラえもんトラム」も、富山県を代表する乗り物として、誇れる存在になっています。

この「ドラえもんトラム」の運行時刻は、万葉線ホームページに掲載されています。また毎週月曜日は、点検整備のため運休となっています。

それでは、他の万葉線の電車も見て行くことにしましょう。

現在の主力であります「アイトラム」です。赤一色で、とても目立ちますね。この写真も2016年8月の「高岡七夕祭り」の時に撮影したものです。七夕飾りに彩られて、電車もどことなく嬉しそうですね!

コカ・コーラの広告電車になっている、デ7075号車です。これも2016年8月に撮影したものです。この電車にはクーラーの設備がないため、窓が開いていますね!

人材派遣会社の広告電車になっている、デ7074号車です。この万葉線は高岡市内線でも単線区間が多く、うまく撮影するのには大変です。

社会福祉法人の広告電車になっている、デ7076号車です。米島口の車庫で、敷地外から望遠レンズを使って撮影しました。今はバリアフリーの「アイトラム」が主役となり、従来からのボギー車は影が薄くなりましたが、それでもまだまだ元気に走っています。

米島口の車庫で見かけた、かつての「アニマルラッピング電車」です。敷地外から望遠レンズを使って撮影しました。もう走ることはないのでしょうか・・・・。

ラッピング電車「令和号」になったデ7073号車です。このページでも以前ご紹介しましたが、この電車は時代が「平成」から「令和」に変わる時に特別電車「万葉令和号」として走った、栄光の電車です。塗装は懐かしい「加越能鉄道時代」の塗装を纏い、万葉集の一節などをラッピングした電車です。

この万葉線では土日祝日の昼間限定で、地元新湊ご出身の落語家・立川志の輔師匠によります、楽しい観光案内の車内放送も流れます。(「ドラえもんトラム」では流れません)終点・越ノ潟駅近くには帆船・海王丸の展示もありますし、新湊では水揚げされたばかりの美味しい魚介類を通年食べることが出来ます。

また、終点・越ノ潟駅前から出ています富山県営渡船(無料です!)で富山新港を渡り、反対側の堀岡(新港東口)から富山駅へ抜ける、というコースもいかがでしょうか?

高岡御来訪の折には、是非「万葉線」の旅をお楽しみください!