【惜別】富山地方鉄道14720形と10020形が引退へ!



皆様、こんにちは。「てつきち」です。毎週月曜日は「てつきちの日」。今日も乗り物の話題をお届けしたいと思います。

今日の話題は富山から。富山県富山市を中心に走る富山地方鉄道でこの度、長年にわたり活躍してきた14720形と10020形が、今年いっぱいで引退することになりました。10020形が今月いっぱい、14720形が12月だそうです。そこで富山地方鉄道では、様々なイベントを企画しています。

今回引退する14720形電車は、1962年(昭和37年)に3両固定編成で登場し、後に中間車をクハ(制御車)改造したのと同時に、クハを2両増備して2両固定編成2本として構成した車両です。観光用ということで、扉間はゆったりした転換式クロスシート、両端部はロングシート、という構成で主に急行電車用として使用されました。

一方10020形電車は、1961年(昭和36年)に第1編成が3両固定編成で登場し、中間車をクハ(制御車)改造して2両固定編成となり、3編成が活躍しました。こちらは主に特急運用で使用され、編成の中にはマイクオルゴールやミュージックホーンを備えた編成もありました。

いずれの電車も老朽化が進み、他社からの移籍車両が活躍するようになると活躍の場が狭まって廃車となりました。また14720形の1編成は不幸にも立山駅で火災に遭い、そのまま廃車となりました。

それでも、富山地方鉄道の近代化に一役買い、一時代を飾ったこの2形式の電車は文字通り、特急電車から急行、各停と幅広く運用され、観光客や沿線住民の足となって活躍したその栄光の軌跡は大きなものがあります。

今回撮影した画像は、2013年(平成25年)に電鉄富山駅で撮影したもので、この時は富山地方鉄道一番の最古参車両でした。この2編成の引退に伴い、富山地方鉄道では各種イベントを開催するそうです。詳しくは、富山地方鉄道ホームページをご参照ください。

また富山地方鉄道のアテンダントさんのブログでも、この話題が出ております。

※尚、鉄道会社への電話等による運用ダイヤの問い合わせは、現業の皆様に支障を与えますのでご遠慮くださいます様、よろしくお願いいたします。

【惜別】さようなら小田急ロマンスカー7000形「LSE」車


皆様こんばんは、「てつきち」です。久しぶりの更新となりましたが、いかがお過ごしでしょうか?

今日、1980年(昭和55年)のデビュー以来38年間に渡って走り続けてきた、小田急ロマンスカー7000形「LSE」車が、定期列車としてはラストランを迎えました。私は仕事のため行けませんでしたが、新宿駅では当該列車に乗務する乗務員たちへの花束贈呈などのセレモニーが行われた模様です。

そこで本日は、今まで撮りためた7000形「LSE」の画像の中から、いくつかピックアップしてご紹介したいと思います。今回のトップ画像は、代々木上原駅で撮影したものです。

まずは箱根湯本駅で折り返し待ちの所を1枚。今年の箱根駅伝の応援に行くため、わざわざこの7000形「LSE」が使われる列車を選んで行きました。それが私の最後の7000形「LSE」乗車となりました。

箱根湯本駅駅前の歩道橋から撮影した編成美です。特徴ある風景で、何人かの同業者が撮影をしていました。

1987年(昭和62年)の元旦に走った正月特急「初詣号」です。この列車は新宿~片瀬江ノ島間を走り、いつもは普通列車しか停車しない参宮橋駅に臨時停車する列車でした。現在は「ニューイヤーエクスプレス」号と名前を変え、運転形態を変更して走っています。

一時は10000形「HiSE」車を意識した、この様な塗装で走った時代もありました。

それでは今度は7000形「LSE」車の車内も見ていくことにしましょうか。

新宿寄り先頭車の展望席です。3100形ロマンスカー「NSE」車の時は10席だった展望席が、この7000形「LSE」車では14席に増え、眺めも以前に比べて俄然良くなりました。

3号車と9号車に設けられた売店(喫茶コーナー)です。かつてはここが車内サービスの基地となっていましたが、サービス体系がシートサービスから一般のワゴンサービスに変わった事に伴い、小改造が行われました。

4号車と8号車に設けられた洗面台です。場所を確保するため、デッキに隣接するように作られているのが大きな特徴でした。

2007年(平成19年)7月、3000形ロマンスカー「SE」車誕生50周年を記念して、7004F編成が懐かしい旧塗装に塗り替えられ、後にもう1編成も旧塗装に変わりました。

そして新ロマンスカー70000形「GSE」のデビューで第3編成が運用を離脱して廃車解体、残る第4編成も70000形「GSE」の第2編成登場で引退となったのでした。

小田急ロマンスカーの歴史を振り返ってみますと、この7000形「LSE」はとても画期的な車両でした。それまでのロマンスカーは、停車駅が少なかった事から乗降用ドアは手動式、座席の回転も「走る喫茶室」のスタッフが担当していましたが、7000形「LSE」からは乗降用ドアも自動化され、座席の方向転換も自動化されて大幅な改革となりました。

また1955年(昭和30年)にデビューした2300形ロマンスカー以来、実に25年振りのリクライニングシートの採用も行われ、デラックスさをも感じさせてくれた特急車でした。中学生の時は、江ノ島特急「えのしま」号によく乗ったものですが、この7000形「LSE」が来ると、思わず小躍りしたものです!

考えてみれば7000形「LSE」は、小田急ロマンスカーの中では「特急列車時代を一番長生きしたロマンスカー」といっても過言ではないでしょう。

具体的に言えば、3000形ロマンスカー「SE」車は1957年(昭和32年)デビューの1992年(平成4年)引退(営業運転としては前年度に引退)ですから正味35年間です。ちなみにこの画像は、営業運転としては最終日になった1991年(平成3年)3月15日に松田連絡線にて撮影した下り「あさぎり7号」です。

その次の3100形ロマンスカー「NSE」車は1963年(昭和38年)デビューの1999年(平成11年)引退ですから正味36年。小田急ロマンスカーとしての黄金時代を作り上げた立役者でありました。

この7000形「LSE」車は1980年(昭和55年)のデビューから2018年(平成30年)で正味38年でした。これは小田急ロマンスカーの歴史の中で、一番の長寿車両ということになります。ちなみに小田急ロマンスカーの中で最短命だったのは、1955年(昭和30年)にデビューし、1959年(昭和34年)に特急列車としての一線を退いた2300形ロマンスカーです。

戦後すぐの1949年(昭和24年)にデビューした1910形から1700形、2300形、そして3000形ロマンスカー「SE」車と「小田急ロマンスカー」の歴史は進んできましたが、その栄光の歴史の中で一番長い時代を走り抜いたのがこの7000形「LSE」車ではないでしょうか。

その栄光のランナーに改めてメッセージを贈りたいと思います。

38年間の活躍、本当にお疲れ様でした。
そして、ありがとうございました!